おそるべきプラナーの解像度

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 これすごくないですか?ツァイスのプラナー1,7/50レンズで撮ったのだが、ヘアセットがイマイチ決まってなかったので刈上げ部分だけトリミングした。加工はしていない。
 スマホでピンチできるならぜひ拡大して見てほしい。このスキンフェード0ミリから徐々に厚みが増していく感じ。点からミミズが這うような模様へ、なんですかこれは!?( ̄▽ ̄;

 肉眼で至近距離から見てもこんな模様は見えない。以前からインスタグラムなどでこういう刈上げ写真が流れてきて、「世の中にはこういう神技みたいな刈上げできる人がいるのか!?」と感心していたけれど、いいカメラでピントが合った頭皮の写真を拡大すると、自分の刈った頭でもこのような模様が現れるのだ。なんだ、そういうことだったのか(^^;

 AB比較は嫌い

 オーディオのイベントではよくAB比較というのをやる。曲を30秒くらい流したら別の機材に切り替えて、同じ曲をまた30秒くらい聞かせて、「どうです?全然ちがうでしょう?!」というデモンストレーション。そりゃ違いはわからないでもないけど、それがどうしたって話である。わたしは好かん。

 同じようにレンズの違いを同じ被写体、同じ条件で付け替えて撮影して二枚の写りを比べるという手の込んだことをしてくれてるマニアの人も多い。せっかく面倒なことを引き受けてくれてるのに申し訳ないが、同じような写真がいくつも並んでるのを見てると睡魔が襲ってきてどうでもよくなってしまう(^^;

 例えば新入社員を評価するのに、同じ制服、同じ髪型、化粧もしない状態で立たせてみて、太っているとか痩せているとか、背が高いとか低いとか、そういうことを見るんじゃないでしょう。いろんな仕事をさせてみて、彼にはこういう能力があってこんな場面で力を発揮するとか、彼女は礼儀をわきまえていてかつ場を和ませる才能に長けているとか、上司はどのように部下を使えるかにより判断を下すべきなのである。

 「これをこのような局面で使用するとこういう素晴らしい結果が出る!」というのが見たいのである。オーディオもカメラも同じことで、そういう単純な比較はナンセンスというものだ(ナンセンスという言葉自体今となってはナンセンスだが)。

 ゾナー55mmF1.8とプラナー50mm F1.7の写りの違いを書こうとしただけなのに前置きが長くなった。

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上がゾナー55/1.8で、下がプラナー50/1.7。撮った場所は同じ当店のカウンター付近である。
 ゾナーの方が解放のオートフォーカスで目にピントが合って「さっぱり爽やかいい男」、プラナーの方はマニュアルフォーカス「ワイルドな漢」という雰囲気で髪の一本一本までよく解像している。

 なんだかんだ御託を並べてAB比較をしないのは、「なーんだ大して変わらないじゃん!」と言われるのを恐れてるだけかもしれない。そう、カメラがよくても犬が人間に写ったりしない。マニア以外の他人から見ればどれも大して変わらないものなんだ( ̄▽ ̄;

 写って欲しくないけど写したい

 ビリー・ホリデイは「電話帳を読むだけでジャズになる」と言われたそうだが、普段気にも留めないようなものでも価値があるように写ってしまうのが良いカメラというものだ。
 さあこちら。2本目として購入したカールツァイスの交換レンズ、プラナー50mm F1.7をつけたa7iiiを右手に持ち、両手をいっぱいに拡げ左手の腕時計を撮ったの図。最短焦点距離50センチなのでこれが限界。

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 ハミルトンウォッチのステンレスケースとクリスタルガラスの反射を撮ろうとして腕にピントがきてしまった。わたしの皮膚の角質やら毛穴やら、ちょっと見苦しい感じがして申し訳ない(^^;
 同じツァイスブランドでも1本目のゾナー55mmF1.8だともう少しつるんとしていて嫌な写って欲しくないところが(写るのだけれど)目立たない。

 これはわたしがオーディオの再生音に求めるイメージと同じものをカメラにも求めてるなと苦笑いしてしまう。ツルツルピカピカ最新録音のしゃれた感じも欲しいが、ギトギトな’70年代、ゴリゴリな’50-‘60年代の香り高い雰囲気、甘酸っぱい’30〜’40年代も外せない。てなこと言ってるうちに月日は流れ、もともとどんな音にしたかったのか忘れてしまっていた。

 その点、このプラナー50mm F1.7、他人行儀じゃなくグッと迫ってくるのがいい感じ。まるでJBL4343みたいだw

 時代と共に写真も変わる

 もう10年以上前になるが、雑誌を見ていたお客様が突然携帯電話を取り出して紙面を撮影した。おそらく何かの情報をメモするかわりに写真を撮ったのだが、それを見てわたしは大いにカルチャーショックを受けたものだ。
 メモのかわりに写真を撮るなんて!もったいないではないか!?いや、実際はフィルムも使わないし、すぐメモリー消去できるのだからちっとももったいなくはない。しかしその革命的な使い方に時代も変わったものよと唸ったものである。

 現在わたしも写真をそのような用途で毎日使っている。仕事が終わると
JimmyJazz裏口の電動シャッターを閉めて帰るのだが、リモコンでピピッとやるとガーと閉まるだけなので、帰り道の途中で「あれっ?シャッターちゃんと閉めたかな」と不安になり引き返すことが何度もあった。実際にはシャッター開けっぱなしで帰ることなど一度もなかったのだが、どうにもこれが煩わしい。その解決策として思いついたのがシャッターが閉まっている状態の写真をピンボケでも暗くてもなんでもいいから一枚撮って帰るということ。これでもう引き返すことがなくなったw

 さて、しばらく間があいたけれど、新たに購入したツァイスのプラナー50mm F1.7交換レンズ、これがイイのである。同じくツァイス印のゾナー55mmF1.8も似たようなものではないかと思うのだが、写り方はゾナーのほうがツルツルしてクリーンなイメージで、プラナーのほうが少しギトッとするといったら語弊があるが、画に潤いが感じられる。

 このヤシカコンタックスが日本でライセンス生産していたプラナーMMJ型は、おそらく昭和末期に製造されたものであろう。昭和末期に開業した当店としては親近感が湧く。F1.7は名玉と称されたプラナー50mmF1.4の廉価モデルなので材質等作りは若干チープだが、後発品の強みか写りは実に優秀でありしかも安い。販売されてた当時の定価も2万円台だったからそんなに値段が落ちてない??(^^;

 2本目のZeiss

 カメラを買ったので撮らせてください!とお客様に頼んでるわりにインスタグラムやFacebookに載せないのは、かなりの確率で撮影に失敗しているからで、いやはや申し訳ない。ハウスバーモントカレーしか作ったことない者が、スパイスを使って一から本格スリランカカレーを作るようなもどかしさである(^^;

 それにしてもカメラを向けると男性は一様に怖い顔をするのはなぜなのか。いくら男の哀愁を撮るといっても、そんなに怖い顔することはないではないか。表情が怖すぎでボツになるケースも結構あるのだ。どうかもちっとリラックスしていただきたい。

 学生時代はカメラ部だったというAFさんが、散髪のついでにライカの古いレンズズミルックスを見せてくれた。オークションで20万円で落札したそうな!SIGMA fpの液晶越しに見ても実にリッチな写りである。うらやましい。
 オーディオに例えれば、ライカがJBLならツァイスはインフラノイズである!って、マークのカラーが似ているだけだがw

 でもツァイスの写り方とインフラノイズの音の傾向はなんとなく似てる気がする。両者とも大人っぽく上品で紳士的でわずかに哀愁が乗ってくる。そうだ、インフラノイズ秋葉社長のかっこいいポートレートも社長が元気なうちに撮っておかねば。インフラノイズもカールツァイスみたくのちの世に本になって出るかもしれないし。

 AFさんのライカに触発されて、わたしもヤフオクでツァイスのプラナー50mm F1.7の状態のいいのを見つけて落札した。牛丼の吉野家でシコシコ貯めたTポイント総ツッコミ。しかもライカの1/10の値段である。

 ジャズ向きのレンズください

「ジャズ向きやクラシック向きのスピーカーがある」というと、ハァ?何言ってんの?機械が音楽ジャンルを判別するわけないじゃんバッカじゃね〜?と思うのが普通の神経である。優秀なオーディオならジャンル問わずにどんな音でも正しく再生できるはずだというのは理屈ではそうだが、実際にはそう簡単にはいかない。

 これがカメラのこととなると、目で見えるだけに話が早い。きれいな肌の女性を撮るにはキャノンがいいとか、もっとハードな写真を撮るならニコンだとか、それぞれメーカーによって得手不得手がある。と、書いてて思い出した。

 今から四半世紀ほど前に、わたしは心斎橋から難波に向かうライトバンの中で家内と新郎新婦の扮装(?)をして待機していた。結婚式の二次会会場へ着いて車のドアが開くや、それを目敏く見つけた路上の知らないカメラマンのおじさん方にカシャカシャといっぱい写真を撮られた。後日我が家に郵送された紙焼きのモノクロ写真はコントラストが強く、まるで週刊誌に載ってる報道写真のようで、”幸せな新婚カップル”のイメージとは程遠いものだった。

 話を戻そう。カメラも何を撮るかによって向き不向きがあるという話だ。わたしが撮りたいのは”男の哀愁”だと前回も書いたが、哀愁がよく写りそうなレンズだなと選んだのがカールツァイスのSEL55F18Zだった。キリッとしていてかつエレガントなツァイスの写りは大いに気に入った。評判どおりよく写るし我ながら良い選択だったのではないかと思うのだが、もうちょっとグッとくる何かが欲しいと自分の腕は棚に上げて注文が多い理髪店のMasterである。

 レンズはすぐに増えますよというN氏の予言どおり、まさかカメラ購入1ヶ月で早くも次のレンズをポチってしまうとは( ̄▽ ̄;

 男の哀愁を撮りたい

 フルサイズのカメラで撮ってみて最初に驚いたのは、「電柱がカッコよく写る」ことだった。電柱なんてどこにでもあるものが、カメラのレンズを通してみると突如なにか意味を持つ存在として眼前に立ち現れたのである。こうしてみるとオーディオと一緒だなぁ。オーディオも、いいスピーカーで再生すると、意味のない音が俄然意味を持って鳴り出すことがある。困ったことに「生よりいい音」が出てしまうのだ。
 これらはハイファイ=高忠実度再生という観点からは間違っている。だがそういった道具によってもたらされるある種の快感、快適さがマニアを生み出すのだ。

 電柱の他に、ステンレスとかも良いんだ、これが。エスカレーターのステンレスのヘアラインがいい感じで写る。直に電柱やエスカレーター見たって興奮しないがレンズを通すと興奮するとは変態もいいところ。マイ電柱でもないのに(^^;
 このあたりはおそらくカールツァイスのレンズによると思われるが、そもそもわたしが何を撮りたいかというと、やはり「哀愁」みたいなものが撮りたいのだ。
 男の哀愁、花より枯葉、要はブルースだ。エスカレーターもいいけど、ジャズを感じない写真は季語のない俳句のようで何か味気ない。

 ZEISS

 嬉しいことに最近のミラーレスカメラは、その小型化された構造から、マウントアダプターを使えばいろんなレンズが使えるようになっている。わたしの父が使ってたキャノンのレンズをわたしのソニーa7iiiのボディにつけて撮影することもできるし、ニコンでもオリンパスでもライカでも、対応するマウントアダプターさえあればほとんど使えるから、家の物置にしまってあるお爺さんのフィルムカメラのレンズでも引っ張り出して、いいのがあればわたしにください!じゃなくて、いいのがあれば新しいデジカメにつけて使ってあげるとカメラ道楽だったお爺さんも浮かばれるというものだ(^^;

 さて、カメラもレンズもたいへん高価な精密機器であるから、これらを持ち歩くには十分な注意が必要なのは言うまでもない。うっかり落としたらたいへんだし、盗難の危険だってある。そこで予防措置としてカメラストラップが登場するのだが、たいていの場合カメラを買うと付属しており、「Canon」とか『Nikon」とか書いてある。a7iiiにも付いてきた「SONY」「α」と入ってる。あれ結構目立つと思いません?
 マニア同士だと「おっ、Nikon使ってるのか」なんて一目でわかるから自分のアイデンティティーを示す役目もある。

 わたしも一度はSONYストラップをつけてはみたが、素人丸出し感が出てやはりなんだか締まらない。SONYでなくてJBLとかないのかと思ってしまう(それはそれで恥ずかしい)。しょうがないので首から下げるタイプのは一旦諦めて、片手首に下げる革製のをAmazonで買って使っていた。
 やはり首から下げるストラップもあればいいなと思うこともあって探していたら、カールツァイスのストラップを発見!一応わたしもツァイスレンズのユーザーであるから使ってもバチはあたらんだろう。

 本日届いて早速カメラに装着したが、うーんカッコいい!控えめに一ヶ所だけ「ZEISS」。ポンと置いてあっても実にサマになる。ベテランになればアホじゃないかって問題でも、初心者のうちはこういうことがいちいち楽しかったりするものなのだ。

 カメラの世界

 なんだかんだで毎週のようにヨドバシカメラ梅田に行ってる気がする。それにしても意外なのが、カメラ用品の値段の安さ。去年は登山用品をよく見て回ったけれど、何でもかんでもめちゃくちゃ高くてブランド品並み。オーディオ製品もケーブルからスタンドからいちいち高価なのが当たり前で、全部揃えたら一体いくらかかるのか恐ろしい。それに比べてカメラのアクセサリーや周辺機器は、えっ?一桁間違ってるんじゃないかと思うほど相対的に値段が安い。

 カメラ本体やレンズはすごく高いのだけれど、ストラップやカメラバッグ 、三脚とか、こんなに安い物に高価なカメラを載せて大丈夫なのかと心配になる。
 そりゃ探せば高いものもあるけれど、安い商品が多すぎて高級品を見つけるのが難しい。実用品であるカメラ業界はオーディオよりもはるかに大きくて、中古市場も充実しているんだな。

 こないだはヨドバシの向かいににあるカメラのナニワに行ってみた。ビルの狭いエレベーターで、カメラベストを着て眉毛ボーボーに伸びた、いかにもカメラ好きそうなおじいさんと一緒になった。わたしもこんなふうになっちゃうんだろうか。いかんなあw
 カメラのナニワは中古カメラがたくさん展示販売されていて、さっきのおじいさんは若い店員さんと親しげにあれを買うの買わないのと話している。どんなジャンルでも夢中になってる人ってなんだか微笑ましい。

 なぜか中古万年筆もショーケースに並んでいてしばらく見入ってしまった。万年筆も興味あるんだよね〜モンブランとか。そのうちカメラに飽きたらJimmyJazz BLOG万年筆篇に突入するかもしれない。
 卓上のミニ三脚に¥200の値札シールが。ん?¥200!?と目を疑う。もちろん中古品だがそれにしても¥200って。ミニ三脚欲しかったがあまりの安さに恐ろしくなり買うのをやめてエレベーターを降りた。

 ジャズファンはかぶりつきたい

 オーディオマニアには、クラシックのオーケストラをコンサートホールで俯瞰するように聴きたいタイプと、ジャズの生演奏をかぶりつきで聴きたいタイプ、大きく分けてこの二つが存在するが、先日買ったカールツァイスのレンズはかぶりつきではなくて、距離を取ってクールに描写するタイプのようである。

 最短撮影距離が55cmなので、最低でも55センチ以上離れないとピントが合わない。ちょっとアンタ、なれなれしいのよあっち行ってよと美人に言われてるようでシュンと萎えてしまう。
 そこで親父のところからキャノンのEF100mm F2.8 マクロレンズを拝借してきて、マウントアダプターを介して撮ってみるとこれが面白い。

 25年くらい昔の接写レンズでフォーカスも手動だが、まさしくわたしの撮りたいイメージでかぶりつきの画が撮れる。しかしキャノンであるから色がちょっと好きでない。同じ被写体でもツァイスと撮り比べてみるとやはり格の違いみたいなのが出る。
 どうしたものかと思っていたら、a7iiiにはAPS-C/Super35mmモードというのがあるのを思い出した。本来APS-C規格のレンズをフルサイズのa7iiiで使えるようになる設定だが、ツァイスでこれを使うと寄れる距離は55cmのままでもグッと近づいた画になるのだ。

 とりあえずかぶりつけない不満の大半はこれで解消。後は肝心のポートレート写真がイマイチうまくないんだな〜特に色が。

 α7iiiとSonnarレンズで動画撮ってみた

 ソニーのa7iiiゾナー55mmF1.8レンズで動画を撮ってチャチャッとiPhoneで編集してみた。
 2カット目はiPhoneのカメラでは出せないボケ感を狙ってみたが、どうでしょう?(^^;

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