2015年総括

 今年読んだ本 200冊(2014年は180冊、2013年は157冊)

 今年観た映画 93本(2014年は112本)

 今年聴いたCD 120枚(2014年は156枚)

 ソフト的には読書を頑張ったぶんその他は微減といった傾向(^^;

 今年のオーディオ的な出来事としては、四月にミニ冷蔵庫が壊れたので撤去してみたところ、音がすごく良くなって驚いたこと。同時にミニ冷蔵庫のドリンクサービスの終了を決意した。この事件で、ハードディスクに溜め込んでいる音楽をすべて聴き直すはめになり、そろそろ終わりかなぁと思いはじめた11月にタップリベラメンテとフィルタライザーが来て、これまたえらい音の変わりよう。
 その直後にMacのOSXをアップデートしたら、USB-201が動作しなくなるという不具合があり、急遽USB-101をピンチヒッターに起用したが、その後OSXの修正が出てめでたくUSB-201が復活した。

 お盆には全録ハードディスクレコーダーの東芝REGZAサーバー D-M430を買った。まあこんなもんかとさしたる感動もなく使い続けているが、「今突然これが壊れたらものすごく困るだろうな」というくらい生活に溶け込んでいる。慣れとは恐ろしいもので全録なしのテレビなんてありえない。

 本業の方は、この12月は客足が少なくて、どうなることかとハラハラしたが、おかげさまで最後の最後に盛り返して、なんとか昨年の12月の来客数を少〜しだけ上回った。これでやっとどうにか年が越せそうだ。
 今年も一年間どうもありがとうございました。皆様良いお年をお迎えください。

 正月らしくない

「年々正月らしくなるなる」と、毎年言ってるような気もするが、「お正月を写そ♪」というフジカラーのジングルも、デジカメやスマホの普及でまったく聞かれなくなってしまった。
 「正月らしくない」のは、元旦からどこでも店が開いてることに尽きる。コンビニは24時間年中無休で、買い忘れたお年玉袋や年賀状まで売ってるし、たいていの食品は手に入るから、年末に買いそびれても一向に困ることはない。
 二日からは百貨店やスーパーも営業を始めるから、実質一日だけ食料を確保しておけば、普段と何ら変りない生活ができる。これで正月らしくしろというのも無理な話である(^^;

 ここは思い切って、「正月三が日は仕事をしてはいけません条例」を制定してはどうか。おせち料理も元々は主婦が三が日炊事をしなくていいように日持ちのする塩漬けの食材で考え出されたんでしょう。奥さん連中も三日間休めると思ったら、そら年末必死で働きますわ。三が日食料が手に入らない。歯ブラシや石鹸も切らしたら大変だ!となれば、年末の経済活動も活発になって、商売人の餅代にもなるというもの。昔は、「散髪しない子にはお年玉をあげません!」と言われ、漫画を読みながら何時間も待っている子供が年末の床屋には溢れていたものだった。
 ただ三が日働いてはいけないといっても、神社仏閣は初詣があるから坊さんや神主さんは働いてもよい。参拝に行くための交通手段も必要なので鉄道やガソリンスタンドは開けておく必要がある。参道のおみやげ屋さんも稼ぎどきなのでよしとする。
 そして正月からスリや泥棒などの悪事を働く不届者が出るといけないので警察は休めないし、火事や事故対応のために消防署も休めない。
 日本人は三が日は働かないという情報をキャッチしたテロ国家が、三日間で日本全土を制圧なんてことにもなりかねないから、自衛隊にも頑張ってもらわないといけない。そう考えると、なかなかこの法案が可決するのは難しいなあ。

 そうだ、いっそのこと消費増税だの軽減税率だのというややこしいことは一切やめて、「正月税」を制定し、三が日は税率70%にして、1〜3日に買い物すると7割税金を払ってもらいますということにしてはどうか。昔で言う「正月料金」というやつだ。

 終わりよければすべてよし

3月31日に散髪する予定の人が、雨が降ってなんとなく4月1日にずれるなんてことはあるかもしれない。でも年内に散髪するのと年明けに散髪するのとでは、気分的に大きな違いがある。なんだかんだいっても、12月という月は一年のうちでいちばん忙しく、何人のお客様に来てもらえるか、通信簿をもらうような気持ちになる。昨年度より一人でも多ければギリギリ合格、一人でも少ないと暗澹たる気持ちで新年を迎えることになる。もちろん多ければ多いほうがいいに決まってる。だから毎年この時期は最後の最後まで気が抜けないのである。この一年の間、お客様に喜んで頂けたか、満足して頂けたかは年末の来客数が如実に物語ってる。毎年年末に来るはずの人がなかなか来ないと、いつもやきもきしながら待っている。終わりよければすべてよしなのだ。

 今年最高の仕上がり

 職人たるもの、いつでも最高の技術を安定して提供するのが当然の義務である。しかし当店では年末こそ「今年最高の美しい仕上がり」を提供したいと思ってしまうし、結果的にそうなることが多いから、あえて忙しい年末に突撃してみるというのも悪くない選択である(^^;
 ただ、テンションが上がっている、というより仕事に必死になっているため、顔が引きつっている場合が多い。怖い顔をしているが決して怒っているのではなくて、ただ緊張しているだけなのだ。

 今日は月曜とあって、誰も来ないんじゃないかと心配したけれども、事前に告知していたのが効いたのか、ぼちぼちですわ〜という感じで、空き時間に溜まっていたタオルの洗濯や両替、掃除などの雑用をこなしで一息ついた。明日あさってともう一踏ん張りして、大晦日はまた掃除しながらぼちぼち仕事して終わりという予想。「今年最高の仕上がり」で新年を迎えるなら、意外と空いてる大晦日が狙い目だ。

 なんとか乗り切った

繁忙期にサロンに行くのと、ヒマなときを狙って行くのとでは、どっちが得をするのだろう。忙しいときに行くと、なんだか手抜きでパッパと済まされそうな気もするが、逆に忙しいときのほうがスタッフも気合が入っていて、意外といい仕事をすることがある。

さて、ありがたいことに本日も予想どおり大忙しで、関ヶ原2デイズをなんとか無事に乗り切った。11時半の予約時間に朝寝坊して間に合わなかったお客様がいらしたが、すかさず昼食時間を繰り上げて事無きを得た。今日も座ったのはこの昼食時の1分間だけである。
たかだか2日忙しい程度では売り上げも大した事ないのだが、もうアドレナリンが出まくりで、このドタバタを乗り越えた達成感があってこそ正月がうれしいのだ。

 今日と明日が関ヶ原

何十年もこの仕事をやってても、年末の客入りが読めない。1974年以前は大晦日がいちばん忙しい天下分けめの関ヶ原だったが、商売人より会社員の割合が高くなるにつれ、大晦日の客足が減っていった。
今年はぜんぜん年末らしくないなー今日あたり来るかなと思っていたら、ドカーン!と来た。朝から終業まで切れることなく、当然立ちっぱなしで座ったのは昼食時の2分間のみ。明日も午前中は予約がいっぱいで、今日と明日が関ヶ原、今年いちばんの混雑となる見込み。暇でも困るが、忙しくなると戦の前の雑兵のように緊張する。次々にやって来るお客様を、気持ち良く笑顔で帰せたら勝ちの戦い。負けは絶対に許されない。
家内もシャンプーのし過ぎで腰が辛そう。すまんが明日もう1日だけ頑張ってくれ。

 ハッピーホリデー!

 クリスマスデイの今朝、目が覚めると枕元にこんなものが!(^^;

 開けてみると中身はお菓子だったけれど、家内に確認すると、長女が家族全員の枕元に置いてたらしい。嬉しい!驚いた!というよりも、わたしが寝てる間に寝室に侵入して枕元に置かれて全く気づかなかったことにショックを受けた。なんたる不覚!一家を守るお父さんが、侵入者に気づかず阿呆面晒してグースカ寝てるなんて!!
 長女にしてみれば、そら寝てる間に枕元に置きたかったから、起こさないようにそっと侵入するのは当然のこと。そうか、あいつもこんな小癪なことをするようになったかと、嬉しいような悔しいような、複雑な気分のクリスマスである。

 1974年の大晦日

 「おい、ユキオ、幕を引けぃ!」
 夜8時になると、サインポールの灯りを消し、店の窓に吊るされた厚手のカーテンを閉めるのが「営業時間終了」の合図だった。1974年当時、実家の理髪店には今のように予約などという制度はなく、8時までに入店しさえすれば、何人待っていようとも散髪を受け付ける、というのが我が家のルールだったのだ。
 しかし、大晦日の晩だけは例外で、8時を過ぎても幕は引かれず、サインポールはまだガンガン回っていた。店は朝からずっと満員で、一日中客足が途切れることはない。なぜかリスザルを連れて散髪に来るお客さんもいた。

 普段なら終了のはずが、31日は8時を過ぎてからでも当然のような顔をして、お客さんがどんどん入ってきた。この町の商売人が店じまいをしてからやっとこさ散髪に来る。かしわ(鶏肉)屋さんや魚屋さん、眼鏡屋さん、うどん屋さんが、紅白歌合戦が流れるなか次々に入って来た。散髪しないと正月は来ないと言われていたものだ。おせちの用意で、店の裏からは祖母が黒豆やごぼうを炊く匂いやら、ナマコを酢に浸した匂いがしてきて、子供のわたしには苦手な料理ばかりで顔をしかめていた。

 紅組の優勝が決まり、ようやく客足も途切れてくると、今度は店の大掃除に駆り出された。あの頃店の床は風呂場のようなタイル貼りで、洗剤をつけた棒刷りでゴシゴシやったあとバケツで水をバッシャーン!と流すという荒っぽい大掃除が行われた。店内の白黒テレビでは「ゆく年くる年」が流れていて、おかしなことに民放のどのチャンネルを回しても、同じ「ゆく年くる年」で除夜の鐘を突く様子が映し出されていた。黄色い長靴を履いてチャンネルをガチャガチャ回してたっけ。
 大掃除が終わり、新年のポスターを店の引き戸に貼り出して本年度の営業はおしまい。まだ我が家に風呂はなかったから、それから隣の銭湯へ行くのである。とっくに年は明けているというのに、お風呂屋さんも大変だったろうな。
 あの年末の喧騒を覚えているから、年の瀬が押し迫ると今も気持ちばかりが先走るのだ。

 わたしの遊び場

 歳をとると一年が早くなると云うけれど、今年一年も早かったなあ。あっという間である。きっと若い頃は経験のないことが多いから時間が過ぎるのが早く、何度も経験済みのことばかりで日常を過ごしていると、脳が記憶をスキップするから飛ぶように時間が過ぎていくのだと思う。
 こんなんじゃ時間がもったいない!歳をとるほど日々新しいことに挑戦していかなくては!年末からぼちぼち行きだした京都の神社仏閣巡りもそう思って始めたのだ。
 中学生の頃は梅田の阪神百貨店のオーディオ売り場、高校生の頃はアメリカ村界隈、修行時代は新世界と、その時その時代によって遊び場を変えてきた。ここ十年ほどでも、日本橋でんでんタウン、靭公園、尼崎方面と、いろんなところをほっつき歩いてきた。さて来年はどこへ行こうか。

 自分へのクリスマスプレゼント

 自分へのクリスマスプレゼントはNEW YORK HATのフェドラハットWPL5923 100%WOOL Made in U.S.A.。何?同じの持ってるやん?同じとちゃいまんねん。色違いのブラウンですねん(^^;
 これでグレー、ブラック、ブラウンと三色揃った。まだ他にアーモンドとかあるけれど(笑)こういった「どうしても必要」でないけれど、あったら嬉しいものがクリスマスプレゼントにはふさわしい。

 ついでにマイルス・デイヴィスの『シエスタ』も持ってなかったので購入。これも中山康樹さんが生前ボロクソに書いてたCDなので、生きてるうちは怖くて買えなかったのだ。
 まあ今年も一日も休まずにブログを更新したし、本も198冊読んだし、仕事も頑張ったのでこのくらい買ってもバチは当たらんだろう。皆さんのところにもサンタが来ますように!メリークリスマス!

 今年最後の休日

今年最後の休日は、義父のお墓のそうじに行く予定だったのが雨天のため中止。自宅の蛍光灯を交換したりプチ大そうじをした。夜は鍋物がいいなとリクエストしたら、電気グリルコンロが壊れてるのを思い出して、急遽自転車でホームセンターへ買い出しに。カセットコンロと土鍋を手に防寒着のニット帽を見てたら、すぐ近所にある職場帰りの常連客のUさんにバッタリ。普段着のわたしが珍しいようだった。やはり紫のズボンを穿いてたからだろうか(^^;

 Master Runs the Voodoo Down

 12月は師走なのでMasterも温泉に走って行けないほど忙しい。仕事じたいが忙しいというよりも、クリスマスプレゼントはどうするのかとか、イクラは今年は注文するのかとか、お年玉のポチ袋はあったっけ?とか、来年は申年なので最初にかけるのはやっぱりチャールズ・ミンガスの『直立猿人』にしようとか、そういうどうでもいいような雑多なことをいっぱい考えるから忙しい気がするのである(^^;

 思えば独身の頃などは、「クリスマスイブに彼女がいなくて寂しい」とか、せいぜい正月に着る下着の心配でもしてればよかっただけで、ずいぶんと余裕のある年末だったのが、所帯が大きくなるにつれ、忙しい忙しいと気持ちばかりが忙わしない。これも考えてみればありがたいことで、大勢の家族や親しい人たちがいるからこそ味わえる忙しさなのだ。感謝を込めて31日までお仕事頑張りまっす!

 無線LANルーターが壊れた!

 皆さん上手にタップリベラメンテ&フィルタライザーを使いこなしてらっしゃるようで羨ましい。当店は設置環境が特殊なせいで、邪魔にならないよう収まり良く設置したら音が悪くなるというジレンマに陥ってる(^^;
 そこで昨日、パソコン周りの電源の取り回しを大幅に変更しようと決意したのだが、モデムと無線LANルーターを差している家庭用タップを壁コンセントから抜いて、別のコンセントに差し替えたらインターネットに接続しなくなった。無線LANルーターのLEDが全部高速点滅している。も一度電源を入れ直しても点滅、リセットボタンを押しても高速点滅。どうやら壊れてしまったようだ( ̄▽ ̄;

 無線LANがなければiPadもプリンターも使えない。しょうがないからAmazonでNECのまったく同じモデルを購入。現在届くのを待っている最中だ。噂によると無線LANルーターはNECがいちばん安定しているらしい。たしかに自宅のオマケでもらったFONルーターは電子レンジやドライヤーをつけただけで通信が切れる。壊れたNECはお客様からもらったものだったが、FONルーターよりずっと安定してたもんな。
 早く落ち着いて音楽が聴けるようになってくれい (`・ω・´)

 薄毛と原発

 静電気が起きないよう衣類の組み合わせを工夫したら髪がフサフサになるのではないかと、今年はフリースなどのポリエステル衣料をなるべく来ないようにして過ごしたが、抜け毛は減ったものの大して髪は増えず、夜よく眠れるようになったくらいである。不眠が改善しただけでも大したものだが、もっと髪がボーボーに生えてくる方法はないものか(^^;
 「薄毛の人が増えたのは福島の原発事故のせいではないか」という噂もたまに聞くけれど、わたしが薄毛の人が増えたなと感じ始めたのは2009年からなので、原発とは関係ないと思う。

 この頃は炭水化物を抜くダイエットが流行っていて、「炭水化物が人類を滅ぼす(夏井睦著)」という本の中には「炭水化物を抜いたら髪が生えてきた」と喜びの声が紹介されていた。当店のお客様の中でも炭水化物抜きダイエットは流行っていて、コメを食べずにダイエットに成功した方が何人かいらっしゃる。しかし、こと髪の量に限って見てみると「おっ?増えましたね!」という方はゼロ。炭水化物抜きにしろ他の方法にしろ、急激にダイエットすると髪が弱るような気がする。
 わたしなど、秋口からまたブクブク肥えてきたので、昼ごはんはおにぎり二個だけという、炭水化物オンリーダイエット(?)にしているほどだ(夜はちゃんと食べてます)。これで髪が増えるかどうかは不明だが。

 ズレてた調子が戻った!

 何十年もやってるオーディオマニアなら、音がおかしいと感じたときに、新しく導入した製品の音がおかしいのかそれともシステムのどこかが異常を起こしていて変な音がしているのかくらい分かるようになってないといけない。今回のケースはおそらく後者である。好き嫌い以前に音が正常でないのだから、おかしなところを発見すればいいのだ。
 ちょっと前までは良い音で鳴っていたのだから、何かをしたことで音が調子を崩したはずである。何もしてないと思いたいけれど、絶対に何かしてると音がそう告げている(^^;

 店内のPOPが剥がれかけたところをしっかり貼り直したり、植木鉢の位置を戻したり、そんなアホなと思うようなことでも意外と影響が大きかったりする。経験上こういうときには掃除するのが実はいちばん効き目があるのだ。床を拭き掃除していると、んっ?スピーカーケーブルがとぐろを巻いてレコードの上に押し込んであるぞ!家内がケーブルを踏むので危険だと思い、わたしが自分で押し込んだのだ。ほらやっぱり何かしてるじゃないの!音不調の原因はこれに違いない。とぐろを解いて床に這わせると調子が戻ってきた!ご近所で当店と同じJBL4343をお使いのI様が散髪にいらして、「音が図太いですね!」と感心したご様子。何とかギリギリで間にあった( ̄▽ ̄;

 ちょっとズレた!

 MacのOSXアップデートで再びUSB-201が使えるようになった。これで一段と素晴らしい音で楽しめる、はずだったのだが、101から繋ぎ替えてからどうも調子が出ない。何か音のピントがほんの少しズレたみたいである。ゴキゲンで鳴ってたエルモ・ホープのピアノトリオも何だかバテ気味の様子。
 最高の音が出たときのことはいつまでも覚えてるもので、常時その音が出ないことには満足できない。一度出たんだからまた出るはずだが、何かの拍子で出てた音が出なくなってしまう。それも実にしょうもないことが原因だったりするのだ。こういうときはジタバタしないでしばらく鳴らしてるうちに、ふと調子が戻ったりするものだ。でもやっぱり101に戻してみようかなあ、どうしようかなあ(^^;

 こう見えても忙しい

更新が遅くなった。昼間、JimmyJazzで読書してたら、よっぽどヒマそうに見えたのか、心配そうな顔でわたしの母が入ってきて、店が繁盛するかどうかは心がけ次第であると長〜い説教が始まった。皆さんも知っての通り、今年中に200冊の本を読むという目標を達成するべく、197冊目の読書の最中であり、こう見えても忙しいのである。それに電源タップがいっぱい売れてて…、といっても母には理解不能だろうが、パソコンでしないといけない仕事もたくさんある。店内にお客様がいないからといってヒマで退屈しているというわけではないのだ。更新しようと思っていた時間にありがたい説教を聞いていたおかげで更新が遅れて今になったというわけ。これも我が子を想う親心、なんだろうけど(^^;

 今日も京都へ

家内と長女が風邪をひいたといって朝から布団に入っている。昼になっても出てきそうにないので、またひとりで京都へ行こうと思い立った。大阪からだとスーパー銭湯に行く位の電車賃で行けるからありがたい。今日はまず平安神宮へ行き、せっかくなので平安神宮神苑を拝観。季節もあるのだろうが、ちょっと殺風景で期待ハズレ。きっと紅葉や雪の季節にはいいのだろうな。
そのあと、哲学の道へ行ってみようと歩き出すも道に迷ってしまい、地元の人に訊ねながらなんとかたどり着く。スマホもガイドブックも持たずに来たので無駄に体力を消耗した。帰りは市バスに乗って河原町へ。「京都で軽く蕎麦でも」と思ってたのに結局何も食べず帰宅した(^^;

 USB-201復活

 MacのOSアップデートを実行したらUSB-201が動かなくなって、しょうがないのでしばらく旧モデルのUSB-101を使っていたが、ようやく昨日OSXの最新アップデートがあったので、早速インストールしてみた。インストールは夜間に行い、今朝101から201に繋ぎかえて設定すると音が出た!やった!
 USBのサウンド設定を見ると、201は出力の機能しかないのに、USB入力のところで不具合があるらしく、こら他所でも動かなくなったデバイスが相当数あるとみた。近々修正のためのアップデートがあるだろうと思っていたが、これでようやく201が使えるようになった。ああよかった(^^;

 『ホーム・フォー・クリスマス』はイイネ

 普段ならジャズかボサノヴァくらいしか買わないけれど、クリスマスアルバムとなるとつい基準がユルくなってポップスやソウルのCDをちょこちょこ購入してしまう。今年仕入れたもので意外と良かったのが、あの(!)ホール&オーツの『ホーム・フォー・クリスマス』というCD。
 正直なところ「’80年代で終わったグループ」というイメージが強かったのだが、やはり大物であるから、サイドメンも優秀だし録音だってすごくいい。音楽的に目新しいことはなくても、一流の仕事をしているなと感じた。
 しかしこれ、フィルタライザー&タップリベラメンテが効いてるからこんなに音が良いのだろうか?(^^;

 シンバルの不透明感

 エルモ・ホープの『ザ・ファイナル・セッション第二集』が素晴らしい。『第一集』の方も素晴らしいが、このホープのペダルを操りながら浮遊するピアノの音にクリフォード・ジャーヴィスのシンバルがカツーンカツーンと絡んでいくところなんぞ、もう至福のひとときである。ジャーヴィスのシンバルはきっとくすんだ真鍮の色をしているんだろうなぁと勝手に想像してしまう。

 よくオーディオマニアは「シンバルの透明感」とか「ピアノの透明感」などという言葉を使ってしまうが、シンバルもピアノも透明な楽器ではない。クリスタルピアノのようにアクリル板でできた透明なピアノもあるけれど、出てくる音はやはり透明ではなくしっかり鋼線の音がする。特にシンバルは、オーディオがいい音に成長するにつれ、聴感上の硬さがどんどん増していく感じがする。それは金属的な耳障りな音になるという意味ではなく、金物を叩いている実在感がありありと感じられるようになるということ。皆さんも是非『ザ・ファイナル・セッション第二集』で透明感と無縁のシンバルを聞いてみてください。おっともう廃盤なのか(^^;

 二代目J Jazz Brothers?

 現在美容学校に通っている息子の就職が内定し、このまま順調に国家試験に合格すれば、来年の春から美容師(理容師ではない)としてのキャリアがスタートする。このままニートになったらどうしようかと思ったが、これで一安心である(^^;
「おっ、後継ぎ誕生ですね!」とよく言われるけれど、息子が目指すのは美容師であるから、JimmyJazzの後を継ぐということではない。親子で一緒に働くと必ず喧嘩になるから、彼は彼で自分の好きなように店を作っていけばいいのだ。第一、朝から晩まで一日中ジャズを聞かされたら彼もたまったもんではないだろう。最近の政府のように国民の生活を型にはめて管理しようとするのではなく、将来の夢は自由に描いていってもらいたい。可能性は無限だ。頑張れ、息子よ!

 年内の定休日は14日と21日

 ふと気がつけばもう年内の定休日は14日と21日の二日しかない!この二日で何をして2015年を締めくくるか、やり残したことはないのか、気持ちだけが忙しい。
 作家の池波正太郎は、大晦日に映画を観て万年筆を買って帰るというのを自身の恒例行事としていたそうだが、誰しも一年を終わる前に逢っておきたい人や行っておきたい場所、やっておきたいことがあるのではないだろうか。それは好きな人だったり神社仏閣などの特別な場所だったり様々だけれど、おそらく去年もやってみて気分が良かったことをやってるうちに自分の恒例行事となってしまったのではないか。

 私的にはホームセンターに行って蛍光灯とか風呂の蓋などを買い込んで正月用に新しくしたり、ジョギングしながら尼崎の銭湯へ行ったり、やっておきたいことがいろいろあって悩む(^^;
 JimmyJazzも、お客様にとってどうしても年内に行っておきたい店になれたらとても光栄なことで、こんなに嬉しいことはない。大晦日まで待ってます!

 チェンジアップ技

 この季節、クリスマス音楽やジャズの合間にちょっとカール・リヒターの弾くバッハのパルティータを数曲入れると、店内の空気がぐっと締まってとても良い感じになる。目を瞑ってウトウトしてたお客様も、おっ?いつもと違うな!てなもんで、気分転換になるみたい。フィルタライザー&タップリベラメンテのおかげで、このチェンバロの音が今年は去年までと段違いに素晴らしいのである!ク〜ッ。
 この他にもグレゴリオ聖歌とか村治佳織とかをチェンジアップ的にBGMに挟むと、年末だなぁ(しみじみ)という雰囲気が醸し出される。ずっとそればかりだとしんみりしすぎて困るのだけれど(^^;

 血の滴るようなTボーンステーキ

大阪駅前第2ビル地下2階にあるパサディナダイナーで、一度食べてみたかったTボーンステーキを食べてきた。ランチタイムは230グラムで1,580円、スープ、サラダ、ライス付き。値段が値段なので、ま、肉は固くてナイフで切りづらい。必死で切ってたら勢い余って肉片が飛んでスープのカップへポッチャーン!自分のカップで幸いだった。隣の席に飛んでたらまるで漫画サザエさんの一コマではないか(^^;
肉じたいの質はそこそこだけれど、ボリュームと迫力は満点で、味付けも良い。何より「肉食ったなあ〜」という満足感が得られる。テーブルにはいろんなソースが置いてあって好みでかけるようにしてくれてるのだが、下味がしっかりついてるので最後まで何もかけずに完食。ごちそうさまでした。また行きたい。

 アジャストメント

 一日中仕事と関係ないことばっかりしてるように見えるMasterでも、たまには講習会に行って新しい技術を習ってくることもある。で、トップは何センチ、サイドは何センチ、ネープは何センチでこうこうこういう順序で切りなさいと教わってくるわけだが、それをそのままお客様の頭に乗っけて様になる場合もあれば全然似合わないこともあるわけで、習ったとおりが必ずしもお客様にとってのベストではない。ちゃんと骨格や髪の質・生え方を考慮しながら、仕上がりをよく見て似合うように持って行く必要があるのだ。

 オーディオでも同じで、理屈どおり、理論どおりを信じてやって、「こうやったから良い音のはずだ」と、ほとんど音も聴かずに満足しているマニアも少なくない。しかし、実際に出てくる音を聴いて調整しないことには、いくら世界の銘器や評判の良いアクセサリーを使っても良い音で聴くのは不可能だ。そうやって自分好みの音にアジャストしてやることこそマニアの務めであり最大の楽しみでもある。
 昔、自分で設計したアンプの回路図を大事そうに定期入れから出して見せてくれたマニアがいたけれど、残念ながら回路図から音は聞こえてこないので返答に困ってしまった(^^;

 能あるMasterはクリスマスプレゼントを隠す(?)

 体裁よく包んでいるのだから、できればクリスマスプレゼントは見えるところに出しておきたいのだが、これが意外にも音を悪くするから困り物だ。「同じモノがたくさん」というケースは、必ず音に影響する。同じモノをたくさん貼ったり、同じモノをたくさん置いたり、同じモノをたくさん巻いたり(?)は極めて危険である(^^;
 仕方なく隠しているけど、ささやかなクリスマスプレゼント差し上げます(12/25まで)

 歳末選曲の悩み

 クリスマスシーズンなので、店内のBGMは全てクリスマス音楽、といきたいところだが、そんなもん聴きたかねえよ普通にジャズ流せよというお客様もいらっしゃって、ジャズとクリスマス曲を数曲ごとに交代でかける、ということを毎年やろうとするもこれがどうしても上手くいかない。
 ジャズを聴く気分と、クリスマス曲を聴く気分とでは向かうベクトルが違っていて、聴く側の気分の切り替えが上手くいかず、どうにもちぐはぐな印象になってしまうのである。

 たとえジャズマンが演奏するジャズ理論に基づいたクリスマス曲であっても、クリスマスの神聖な気分とジャズのやるせない気分とは相容れないものがある。だから最初はジャズとクリスマスソングを半々にかけていても、そのうちクリスマスソングばっかりかけるようになってしまう。人間には場の空気を読んで順応する能力が備わっているけれど、そうコロコロと変えられたらどっちに合わせていいかわからず落ち着かない。ひとつのオーディオシステムでジャズとクラシックが上手く鳴らないのも、本当は装置の性能ではなく、聴く側の感性が瞬時に切り替わらないせいかもしれない。

 インフラノイズ始まって以来の過激な製品

 インフラノイズの新製品が出るたびに、オーディオ雑誌に評論家の先生によるレビューが掲載されるのだが、毎回良いんだか良くないんだかよくわからない文章で、インフラノイズのファンとしては「もっと熱い文章を書いてくれよお〜」と言いたくなる。製品の実力に対して、あまりにも感想が素っ気ないからである。これでは納得できない。村井裕弥先生にも「どうしてインフラノイズのことを書くときはそんなに冷静なのか」と言ったことがあるのだが、「そんなふうに読めますか?大好きなメーカーなんですけどね」とあまり自覚されてないようだった(^^;

 そもそもインフラノイズ製品の音作りが大人びているというか、出てくる音が大人しいというか、空調の効いたホテルのラウンジで涼しい顔をしている紳士のような感じなので、感想を書く方もオツに澄ました書きかたになってしまうのだろう。そこへいくと今度のタップリベラメンテ&フィルタライザーは過激である。ラウンジでぬくぬくしてたのをいきなり身ぐるみ剥がされて丸裸で雪の中に放り出されるような鮮烈サウンドなのである!おおおーー!!こんなのは初めてだ!((;゚Д゚))

 ピアノひとつとってみても、シングルトーンで弾いてるのに鍵盤全てが同時に共鳴しているような重厚感、それがハッキリクッキリ浮かび上がってくる。一歩間違えるとピーキーでやかましくなってしまうそうだ(完成形にはもう少し微調整が必要と感じている)が、それをはるかに上回る脳天を突き抜ける快感には替えがたい。このまましばらくはこの鮮血ほとばしるような音を楽しみたい。

フィルタライザー&タップリベラメンテ関連エントリー

 オーディオマニア向け玄関マット

 玄関マットの業者が今年最後ですからと早くも来年のカレンダーを持って交換に来た。

 玄関マットといえば、子供の頃にあった実家の理容店の玄関マットが面白い形をしていた。それは玄関に向かって入ろうとすると「いらっしゃいませ」の字が見え、店内から外に出ようとすると「ありがとうございました」の文字が出るのである。
 そのマットはゴム製で、横に何本も山型の溝が切ってあって、そこで靴についた泥を落とすのだが、山型に切った溝の入口側の斜面にペンキで「いらっしゃいませ」、出口側に「ありがとうございました」と書いておけば、斜め上から見ると違った文字が見えるという仕掛けであった。

 オーディオでよく議論されるジャズ再生とクラシック再生の両立は、ちょうどこの玄関マットに似ていて、両方を鳴らすということは、喩えて言えば「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」を同時に見せる、ということなのだ。玄関マットを真上から見たら「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」を同時に見ることは可能だが、それは意味をなさない模様となって目に映る。入口側か、出口側か、必ずどちらかに偏った方から見ないとくっきり美しい文字に見えない。これがジャズとクラシック両方を鳴らすことが難しいという理屈なのである。

 スピーカーから立ち上るオーラ

 「マイルスを聴け!」と叫び続けた音楽評論家の中山康樹氏が亡くなって早10ヶ月。マイルス・デイヴィスのアルバムの中でも生前ナカヤマさんが「これはいかん」と酷評していた『Aura』が好きで最近よく聴いている。生きてるときは「『Aura』良いですね」なーんて恐ろしくて言えなかったのだ(^^;
 初っ端の「イントロ」を除く曲名が全て「ホワイト」「イエロー」「オレンジ」「レッド」「グリーン」等、色の名前が付いていて、マイルスの発するオーラの色を表してるという小癪な演出。それにしても「エレクトリック・レッド」って何色やねん?

 じつは昔よく行った天王寺のジャズ喫茶「トップシンバル」のリクエストノートには、この『Aura』に「一度は聴くべし!」のスタンプが押されていて、ずいぶん評価が分かれるアルバムなんだなと思った。北欧サウンドというか、ちょっと綺麗めな音なので、マイルスのドバー!!と出てくるダーティーな音を期待すると物足りない感じがするのだが、いま当店のフィルタライザー巻き巻きのサウンドで聞くと、ジョン・マクラフリンのディストーションギターの倍音やオーケストラのアンサンブルもじつに美しい。マイルスがオープントランペットをバリバリと吹きまくる「オレンジ」なんかもう最高の最高で最高なのである。

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