ディジーの上向きトランペット

 「クインシー・ジョーンズ自叙伝」の18章でディジー・ガレスピーのトレードマークである上向きに曲がったトランペットのことが出てきて、長年の疑問が解けた。
 あの曲がったトランペットは、誰かが椅子に置いてあったのを知らずに踏んで偶然曲がってしまったという話はよく知られているけれど、面白い音がするといってディジー本人がすっかり気に入ってしまい、マーティン社に特注で同じように曲がったものを作らせていた。と、ここまでは知っていたが、それをディジー・ガレスピーが自分のビッグバンドのトランペッター全員に支給していたというのだ。

 クインシーがディジーのバンドを辞めるときに、その上向きトランペットを欲しがったが、ディジーに「だめだ、あれはリー・モーガンに使わせるんだ」と言って断られた。きっとクインシーがバンドを去ることにディジーが腹を立てていると思ったという。つまり、リー・モーガンがデビュー作の『インディード!』のジャケットや『ブルー・トレイン』レコーディング時のスナップ写真で吹いている曲がったトランペットは、ディジー・ガレスピーのバンドで支給されたものということだ。

 クインシーがバンドを辞めてしばらくして、92丁目のアパートの玄関ベルが鳴った。クインシーがドアを開けたら誰もいなくて、かわりに手提げ袋に入ったマーティン製の上向きトランペットが置かれていたという。ええ話や。

 紫外線消毒器を新調

 直接お客様の目に触れるものではないが、業務用の紫外線消毒器を新調した。三年使ったプリンターもエラーが出て起動しなくなったし、この秋は何かと物入りである(^^;

 さて、アマゾンのプライムビデオがいよいよサービスを開始した。どんなのが観れるのかとラインナップをチェックしたら、やはり旧作で観たやつばかりである。Netflixもそんなことをブツブツ言いながらマイナー作品をいっぱい観たが、うーん、やはりタダで観れるのは似たり寄ったり。そんななかで、これはどうかなと思ったのをウォッチリストに登録していて、今日は「ブラック・スネーク・モーン (字幕版)」これを観ようかと思う。”過去にブルースのミュージシャンだったラザラス(サミュエル・L・ジャクソン)は道端に血まみれで倒れているセックス依存症のレイ(クリスティーナ・リッチ)を見つけ、ラザラスはレイを救うことこそが自らの使命だと信じ、自分なりの治癒方法を試すことにする。早速、彼は彼女を鎖で繋ぎ、部屋に監禁する。しかし、ラザラス自身、自分の弟と妻が関係を持ち、家から出てってしまったとことにより心に傷を負っていた。ラザラスとレイが互いの壊れた人生を取り戻そうとしているときに、レイの軍人であるボーイフレンドのロニー(ジャスティン・ティンバーレイク)がイラクから戻り、行方不明のガールフレンドを探し始める。”なんだか面白そうでしょ?

 ジェローム・リチャードソンの回想

今、「クインシー・ジョーンズ自叙伝」を読んでいる。二段組の分厚い本なので、まだ4分の一くらいしか読み進んでないが、なかでもジェローム・リチャードソンの回想が興味深かったので少し書き出してみる。

1951年、ボストンでライオネル・ハンプトンのバンドに加わって演奏していたとき、クインシーがバンドに入ってきた。中略 彼は熱心な若者だった。それに、ビッグバンドの第2か第3トランペッターにもってこいの、なかなか味のあるトランペットを吹いた。だが彼の武器は、なんといっても作曲と編曲にあった。(Master註:ようするにクインシーのラッパの腕はたいしたことなかった?)

メンフィスの3日連続興行では 中略 飛び入りで演奏したいという地元のピアニストが現れた。だがハンプのバンドにはミルト・バックナーというブロック・コードを考案した名ピアニストがいた。中略 だからそのピアニストがバンドに加わったのは、ステージが終了する直前だった。ところがそのピアニストは信じられない演奏をした。彼の名前はフィニアス・ニューボーンといった。不世出の名ピアニストのひとりだ。(Master註:ブロックコードを考案したのがミルト・バックナーとは初耳)

シンガーのジミー・スコットは体重がせいぜい100ポンドの小男だったが、中略 彼は身長が6フィートもあるメンバーと喧嘩をし、勇敢にも立ち向かっていこうとした。みかねた女性シンガーのアーネスティン・アンダーソンが相手の男を説得し、一歩手前で事なきを得たこともある。(Master註:負けん気の強さはジャズマンの大事な要素)

ジャズでフェンダーのエレクトリック・ベースを最初に弾いたモンク・モンゴメリーもバンドにいた。有名なギタリスト、ウエス・モンゴメリーの弟だ。中略 ハンプのバンドにはクインシーのほかにもアル・グレイ、ジミー・クリーヴランド、クリフォード・ブラウン、ウエス・モンゴメリー、ファッツ・ナヴァロ、ジジ・クライス、チャールズ・ミンガスといったジャズ・ジャイアンツが一時的に在籍した。彼らの大半はバンドのために曲を書いた。

 マーブル理論

 オーディオルームの湿度は高いほうが音がいいとか、JBLスピーカーはカリフォルニア生まれだから乾いてるほうがいいのだとか諸説あるけれど、わたしの長年にわたる観察によると、乾燥してるよりは湿度があるほうが音がいいように思う。もっと詳しく言えば、乾燥した空気と湿気が混じりあう瞬間が最も音がいいのである。
 これは湿度だけでなく気温にも当てはまる。外の冷たい空気と室内の温かい空気が混じりあうときに、びっくりするくらい音がいい瞬間があるのだ。これは、完全に混ざって全体が均質化すると効果がなくなる。このように、異なる性質のものが出会うときに大きな効果を生むことを、大理石のまだら模様にちなんで”マーブル理論”と呼ぶことにする。

 わたしは冷たい飲み物に氷を入れて飲むのが好きで、あの氷の溶ける瞬間に出る冷気を一緒に味わうのがうまい。これはたんに飲み物を冷やしておけばいいという問題ではない。反対に、味噌汁でもスープでも、料理はアツアツで出てきて、口に入れるときフーフーして適温になっていくあの瞬間がうまい。これもマーブル理論の一種である。
 世界一美しい女性が多いのはブラジルだという。きっと人種が混じりあう国だからだろう。ハーフの人は美男美女が多いけれど、クォーターより先になるとそうでもない。やはり完全に混ざってしまう前のマーブル模様が素敵なのだ。
 新婚さんはラブラブで毎日バラ色なのに、いつの間にかバイ菌か粗大ごみ扱いである。マーブルだった頃が懐かしい(^^;

 ナノサプリの新ボトルデザイン

 当店で人気のナノサプリ・シャンプー&コンディショナーのボトルデザインが一新。容器は同じだが、印字がヨーロッパ調というかサイケデリックというか、いいのかわるいのかよくわからない図案である。
 これまでの素っ気ない薬品っぽいデザインでもよかったになぜこの時期に?まさかまさか「そのデザインって、パクリじゃないですか?」とクレームがあったとか???( ̄▽ ̄;

 カリスマのブランド力

 Netflixで「キース・リチャーズ:アンダー・ザ・インフルエンス」を観た。キース・リチャーズ71歳。いまだにロックンロール界の頂点に立つカリスマ。さすがに白髪でちょっと頂点が薄くなっているが、それがどうしたという男っぷり。しびれますねえ(^^;
 キースといえば、2008年にルイ・ヴィトンのコマーシャルに出たのは衝撃だった。ロック界のアイコン、不良のシンボルであったキースが、およそ縁もゆかりもなさそうな高級ブランドのコマーシャルに登場したのである。いくら積んだのか知らないが、よくキースを引っ張り出してきたものだ。ヴィトンなんてお呼びじゃないぜ!ケッ!と唾棄しても、キース出されたらスミマセンと言うしかない。
 世界中に何千万人いるかしれないロックな人たちも「あっ、キースが持ってるならヴィトン欲しいかも」と思ったはず。そのくらいキースのカリスマ力は巨大なのである。ルイ・ヴィトンは彼らを黙らせたも同然なのだ。

 最近ではアップルウォッチがエルメスの革バンドで登場した。これもよくエルメスを説得したと感心した。いかに天下のアップルといえど、腕時計のステイタスという面では高級時計メーカーに及ばない。そこでラグジュアリーブランドの頂点のエルメスに白羽の矢が立ったのだろう。エルメスバンドのウォッチ価格は約13万円。エルメスにしてはちょっと安すぎる気がする。どうせなら200万くらいにすればいいのに。エルメスウォッチをしてる人があちこちに出始めたら、エルメスファンは一気に萎えるだろう。いい時計してますねと誰かに言って欲しいものなのだ。買わないけど。キースが着けてたら買うかな( ̄▽ ̄;

 いちばん怖かった体験

 怖い映画といったら貞子で有名な「リング」のことを思い出す。わたしはもともと怖がりなのでホラー映画やお化け屋敷の類はパスすることにしているが、昔お客様に「Master、映画の『リング』借りて観たら夜中にトイレ行けなくなっちゃったよ」と言われて、そんなに怖いのかと興味をそそられた。その方はとてもビデオ観たくらいで怖がりそうにない人だったからだ。
 そう言われるとどれだけ怖いものか気になって気になってしょうがない。それでも怖がりのわたしはすぐに観る勇気がない。仕方がないから古本屋に行って「リング」の文庫本を買って読み、ついでに貞子の出てくる「リング」シリーズを全部読んでしまい、ストーリーを頭に叩き込んでから映画を観るという万全の体制で挑んだ(^^;

 もうわたしの脳内には、考えうる最恐の事態がぐるぐると渦巻いていて、映画なんか観たらそれこそ一生トイレに行けなくなるんじゃないかと恐怖のどん底にいたのであるが、実際に映画を観てみると、たしかに怖いことは怖いけれども、自分が想定してた恐怖に比べたらさほどでもなかった。怖い怖いといっても、何が起こるかわからないという恐怖ほど恐ろしいものはない。実際に起きてしまえばたいしたことないものなのだ。それにしてもあんなに怖がって損したゼ。んっ?この話、前にもした気がするな。

 アウト!な趣味

 オードリー若林の書いた本「社会人大学人見知り学部 卒業見込」を読んだ。業界内では「こんな趣味や行動してる俺、どうですか?」というようなナルシズムの匂いがするのが嫌われるらしい。たとえば簡単なのでは「俺、テレビあんまり見ないから」というのもアウトなんだそうだ。ほかには、
 浮世絵の図板を眺めながら高級なお茶を飲んでいる→「アウト!」
 クラシックと三味線しか聴かない→「アウト!」
 落語を語る→「アウト!」
 アメフトの試合を見るのが好き→「セーフ!」

 なるほど、お笑い芸人という職業柄、「なに気取ってやがる」みたいな素振りを見せるのはマイナスだということか。
 本には出てないが、ジャズとかオーディオが趣味なんてのも→「アウト!」判定間違いなしだろう。実際にマニアの域まで達した人たちは、気取ってる余裕なんてまったくなくて、もっとドロドロしている。もはやそのことがかっこいいなんていう意識はとうの昔に忘れてしまっていて、やっていることはかなり変態的(!?)である。しかし世間的には気取ってかっこつけてるように見られる危険性があるようだ。気をつけねば(^^;

 ナマハゲ!!

 子供には映画の残酷シーンや大人の品のない言動を見せないほうがいいと思うけれども、怖い話とか秋田の「なまはげ」みたいな恐ろしいものは幼いころに経験しといたほうがいいと思う。のびのびと自由に育てるいっぽうで、度を越すと危険が及ぶかもしれない、なんだかわからないが問答無用で畏怖すべき巨大な力があるのだということを教育して知っておくことは身を護るうえで重要というのがわたしの持論である。
 怖いもの知らずという奴は、じつに危ない(^^;

 ホラーコメディ映画「ピラニア リターンズ」

Netflixでホラーコメディ映画「ピラニア リターンズ」を観た。前作「ピラニア3D」が店長のオススメとなっていたので借りて観たら、当時小学生だった娘が食い入るように観ていた。しかしR15指定作品で残酷かつ下ネタ満載で観せたことを少し後悔。続編の本作もお下劣でくだらないことこのうえないのだが、観せかたがうまい。何も残らないけれど飽きずに最後まで楽しめた。

 ジャズマンのコスプレ

 フェドラハットを被れば足元はコンビのウィングチップ。約25年前に買ったジャーマン(チヨダシューズ)製で、当時なぜか靴はジャーマン、それも型はウィングチップと決めていた。じつは色違いであと二足持っている。気分は’40年代のジャズマンである。
 ミュージシャンでもないのに、なんでわたしがジャズマンのコスプレまでしなきゃならんのか→かっこいいから(^^;
 この出で立ちで「ハリハリハ〜♪」と鼻歌を歌いながらキャブ・キャロウェイよろしく近所のスーパーに出没する。
 25年前は絶対にかっこいいと思っていたが、今となってはまるで自信がない。そうだ、25年前はジャズよりもかっこいい音楽なんて地球上に存在しなかったのだ。息子世代にはやはりダサく感じるようである。レジ打ちの女子高生に「何?あのおっさんキモ〜い」とか思われてるのだろうか。無念じゃ。

 やはりジャズにはこの帽子

 久々の被り物はNEW YORK HATのフェドラハットWPL5923 100%WOOL Made in U.S.A.

 みなさんはわたしが、お客がいないときにボリュームあげてジャズを聴いて喜んでるんじゃないかと想像するかもしれないが、一人で聴いてもあんまり面白くないのである。やはり、仕事しながらお客様と一緒に聴いて、喜んでくれてると感じたときがいちばん楽しい。

 今日もマイルス・デイヴィスの1970年ワイト島ライブ、35分に及ぶ「コール・イット・エニシング」(『ミュンヘン・コンサート』所収)をギンギンに鳴らして最高だった。「曲名は?」と訊かれたマイルスが「なんとでも呼べ!」と答えてそのままタイトルになったという、まるで「そのまんま東」みたいな曲名(^^;
 実際には「ディレクションズ〜ビッチェズ・ブリュー〜イッツ・アバウト・ザット・タイム〜サンクチュアリ〜スパニッシュ・キー〜ザ・テーマ」の6曲を切れ目なく演奏した組曲のようになっていて、マイルスのトランペットの音がいちばん素晴らしいのがこの時代、気力体力ともに充実していたことがうかがえる。

「これだけ良い音で鳴ってるんだから、もう何もいじるな」とお客様から言われることもある当店のオーディオだが、何も好き好んで音を変えてるわけではない。先日も照明が切れたから交換したら、買い換えた中国製100Wの”電球の音”がイマイチで、サウンドが少々やかましくなってしまった。なんとも微妙な調整のうえに成り立っているのである。

 なるべくしてなる

 オリエンタルラジオのあっちゃんが書いた自伝的小説「芸人前夜 」を読んだ。芸人は下積みが長いのが当たり前という常識を覆し、キャリア0年で大ブレイクしたオリラジのサクセスストーリー。そのなかでも久々に唸ったくだりをご紹介しよう。

 歌手のスガシカオがテレビ番組で、30歳の歌手志望の人から「今から歌手を目指して間に合うでしょうか?」という質問を受けた。諦めなければ夢は叶うよとか言うのかと思ったら、

【「うーん。どうでしょう。プロというのは、なろうと思ってなれるものでもなくて、なれと言われてなるものだと思いますね。」(中略)
「えーと、自分がどんなことができるのかを発信するのは大切なことです。でもそのうえで、それを知った周囲がプロになるかどうかを決めるわけです。プロになる人は否応なしになるべくしてなります。だから、自分がどういう人間か発信したうえで、周りからそういう声がなければ、それは無理だということですね。」とてもシビアな意見だった。そしてそれは強烈に、僕の心を捕らえた。】

 歌手でなくても、お笑い芸人や漫画家や小説家、憧れの職業を目指して頑張ってる人は多いと思う。
 それにしても「プロになる人は否応なしになるべくしてなる」とはなんとも深い一言である。スガシカオ氏の音楽は聴いたことがないけれど(^^;

 ゾッとするぜ!

 年をとると、何かとゾッとさせられる場面に出くわす。いや、おばけが出たとか殺されかけたとかUFOにさらわれたとかそういう物騒な話でないのだけれど。

 久しぶりに旧友に会うと、懐かしい昔話に花が咲く。それはいいのだが、その後会ってなかった10数年のあいだにもいろいろあったはずである。にもかかわらず、昔何度も聞いた同じ話を、また何度も何度も繰り返すのである。
 オーディオ友達も、たいてい前に訪問したときと同じソフトをまたかける。この何年かのあいだに、何枚も新しいソフトを買っているはずなのに。まず「ほら、こんなにいい曲見つけたよ!」とはならない。
 極め付けが、某ジャズ喫茶のオーナーが四半世紀前にオスカー・ピーターソン・トリオの「ユー・ルック・グッド・トゥ・ミー」をオーディオチェックに使っていると著書に書いていたのだが、いまだにそのジャズ喫茶でオーディオチェック用としてかけられていたことだ。1964年の音源が古いと言うのではない。25年も経ってるのに他にはなかったのかとショックを受けたのだ。気がついたら25年も経ってましたなんて、ゾッとする(^^;

 幼馴染みや同級生といったって、一緒に過ごしたのは10年以下、ほんの数年のこと。そのあいだに起こったことよりも、その後に起こったことのほうがはるかに多いはずなのに、もっと何か学んだり、発見したり、成果を出したことがなかったのか。
 何より恐ろしいのは、そのことに自分自身が気付かなくなってしまうことである。性分もあるだろうが「 Masterまた同じこと言ってるよ」と思われるのは恥ずかしい。
 できれば「ぜんぜん変わってないね」と言われるよりも、「まったく別人のようになってしまった」と言われてみたいものだ。

 グラインドハウス映画館

 昨日のエントリーは、ダイナ・ワシントンが歌う「サムタイム・アイム・ハッピー」というスタンダード曲を聴いていて思いついた。真剣に仕事をすればするほど、コインの表裏のように「大好き」と「大嫌い」は一体で、時々それが入れ替わると言いたかったのだが、ただわたしが仕事が嫌いだと嘆いてるように思う人がいるといけないのでちょいと補足しておく(^^;

 さて、Netflixでロバート・ロドリゲス監督の「プラネット・テラー in グラインドハウス」と、タランティーノ監督の「デス・プルーフ in グラインドハウス」を観た。もとは二本立てで公開されたものに未公開シーンを加えて独立させた作品。’70〜’80年代のB級映画の雰囲気を再現するために、フィルムに雨降りノイズや焼けを加えている。前者はゾンビ映画で、後者はスタントスピード狂の映画。共にばかばかしいほど下品で残酷、ドキドキハラハラのアクション満載。やはり映画って、こうでなくてはいけないなー。テレビドラマの延長では面白くもなんともない。

 レンタルビデオが出始めの頃、一本借りるのに千円以上してたから、新世界の三本立て千円の映画館によく通った。「未来世紀ブラジル」や「ターミネーター」、「ゴッドファーザー」の三本立てとか。まさにタランティーノがリスペクトするグラインドハウス的な映画館だったが、不思議なことにどの映画も60分で終わるのである。一本につき3回くらいフィルムをかけかえるのを、全部映写が終わってなくても20分くらい終わったところで構わず次のにかけかえるから、ストーリーが端折られてよくわからないことがあったな。懐かしい。

 時々憎らしいほど嫌い

 三代続いた床屋の息子として育ったせいか、同業である理美容師に対して、ある種の近親憎悪のような感情を持っている。話してみると、他の業種の誰よりも仕事のつらさや難しさ、たいへんさをわかってくれる戦友のような存在で気のいい人たちばかりなのに、一方ではなぜかライバル視してコンチキショー!と対抗心をむき出しにしてしまうのだ。

 近頃では、この微妙な感情がオーディオ業界やジャズ業界にも芽生えてきて、ひじょうに困る。いい音で聴くジャズが好きで好きでたまらないくせに、なぜか休みの日にまで聴こうとは思わない、
 オーディオ雑誌をめくってみても、いい加減なことばかり書いてるといっていつも腹を立てているが、やはりオーディオ仲間と話していると大いに盛り上がってしまうのである。
 散髪とジャズが好きなのか嫌いなのか、時には死ぬほど好きで、時には憎らしいほど嫌い。この気持ちわかってもらえるでしょうか(^^;

 同業臭

極楽湯へ行ったら鏡に向かって髪をセットしてる床屋のおじさんがいた。派手な幾何学模様のシャツを着て、使い込んだブラシでボンバージュセット(業界用語でかっちりとドライヤーセットすること)をキメているので一目で同業者とわかる。
世間では、美容師はもっともお洒落な人たちと思われてるそうだが、そうかなぁと思ってしまう。美容師も一目でそれとわかる同業臭があって、若い頃はそれが嫌でたまらず、絶対に理美容の女性と結婚するもんかと思っていた。念願叶ってまったく業界と関係ない家内を嫁にもらったが、仕事のことをよく理解してもらえる同業者もよかったかなと今となってはあれこれ思う。

 映画らしさと映画らしくない映画

 他にNetflixで観たのは、シルベスター・スタローンとアーノルド・シュワルツェネッガーの「大脱出」。脱獄スペシャリストのスタローンが、C.I.A.の依頼で潜入した刑務所。ところがそれは罠で、囚人のシュワちゃんと力を合わせて脱出を試みるというストーリー。フレッシュさこそないが、冒頭から「おっ、なんだか面白そうだぞ」と思わせる展開はさすがである。ところがやはり中盤から眠くなる展開で、ラストの海岸のシーンでは、スタローンとシュワちゃんのスケジュールが合わなかったのか、一目で合成とわかる不自然さ。しかし観て損したとは思わせない及第点。なんだかんだでこの二人とロバート・デ・ニーロの映画はほとんど観ている。

 もうひとつ、怪獣映画の「クローバーフィールド」。家庭用ビデオカメラで友人の送別会を撮影していたら、マンハッタンに巨大怪獣が出現する。終始一台のビデオカメラで撮影している設定で、怪獣はそこで偶然起きたアクシデントということになっているため、劇中には音楽も流れない。通常SFXは固定カメラで撮影したものに画面を合成するものだが、ぐらぐら動く手持ちカメラの撮影するなかに怪獣をCG合成して臨場感を出すという高度な処理がなされている。「大脱出」とは対照的に、まったく映画らしくない、国家機密の秘蔵VTRを観ているような演出が新鮮。しかもその後怪獣が退治できたのか、マンハッタンは消滅せずにすんだのか、そもそもあの怪獣は何者なのか、まったく謎のまま唐突に終わるが、不思議と消化不良の感はない。無理に説明してオチをつけるのは野暮である。

 黒人初のコンサートピアニスト

 映画鑑賞の合間に「ニーナ・シモン自伝 -ひとりぼっちの闘い-」を読む。前半のあらすじは次のとおり。
 三歳半から教会でピアノを弾き始め、才能を認められた彼女はハイスクールを卒業後、奨学金でジュリアード音楽院で学ぶためにニューヨークへ行く。ジュリアードで一年間学び、黒人初のコンサートピアニストになるべくフィラデルフィアのカーティス音楽学校を受験するも失敗。めげそうになりながらも夢をあきらめず、ヴォーカルトレーニングの伴奏などで食いつなぐ。このとき歌を習いに来るティーンエイジャーたちの誰よりもうまく歌えることを発見する。アトランティックシティの安酒場でピアノ演奏のアルバイトを始め、クラシックとポピュラーソングを織り交ぜて新しい音楽を創造していく。

 ニーナ本人も自分はインプロビゼーションはやるがジャズ・ミュージシャンではないときっぱり断言している。彼女の音楽はゴスペル、クラシックとポピュラー音楽を下地にして出来上がったもので、ビバップの影響下にないのである。

 1957年にはベツレヘムレーベルから『リトル・ガール・ブルー』を発表するが、同社に宣伝して売り込む姿勢がなく、一年後ようやくラジオDJの大プッシュで売れ始めるものの、ピアノレッスンのための費用が貯まらず苦労する(まだこの時点でも黒人初のコンサートピアニストになるための費用稼ぎとして捉えている)。1959年9月ニューヨークのタウンホール。白いロングドレスをまとい、真っ白なサテンの靴を履いたニーナはこのコンサートで一大センセーションを巻き起こす(『ニーナ・シモン・アット・タウンホール』所収)。
 黒人初のコンサートピアニストになるという幼い頃からの夢は別の形になって叶ったのだ。

 戦争映画「ローン・サバイバー」

 昨日はアフガンでの実話を元に作られた戦争映画「ローン・サバイバー」を観た。これもすごい作品!
 タリバンの指導者抹殺を目的としたレッドウイング作戦を発動。4人の海軍特殊部隊がアジト偵察中に山羊飼いの民間人に遭遇。民間人を殺してはいけないと交戦協定で定められているが、このまま彼らを帰せばタリバンに情報が漏れて作戦失敗は必至。4人は迷った末に彼らを解放するが、おそるべき速さでタリバンの追っ手が迫ってくる。山中で無線は使えず救援部隊を呼ぶこともできない。果たして彼らは生き残ることはできるのか!?(^^;

 残酷なシーンがあるせいでPG12指定。名作だが随所で”痛ーい”演出が出てくるから待ってても地上波テレビで流れることはないだろう。殺し合いは残酷ですごく痛いというリアルな表現は必要だ。逃げる途中で蛇が出てきて、「ランボー」とかの娯楽映画なら捕まえて後で「再利用」したりするのだろうが、そういうエンターテイメント性はなし。これぞ映画!といったゴリゴリのハードな戦闘で押しまくる。
 アメリカ映画だから当然「タリバン=悪 米軍=英雄」の構図で描かれてるが、それはさて置き映画としてのクオリティーはすごい。映画ファンならこれ一本観るためにNetflixの無料体験を申し込むべし。

 ブラジル映画「シティ・オブ・ゴッド」

 無料体験期間中のNetflixでiPad miniが大活躍している。こうなったら今日発表された大きいサイズのiPad proでも買おうかしらん。今度のは内蔵スピーカーが4つ付いててボディを響かせる構造だから、これまでのiPadのオマケ的な音声より本格的かも。11月発売だから手にする頃にはとっくに無料体験終わってるけれど(^^;

 さて、昨日はブラジル映画「シティ・オブ・ゴッド」を観た。いや、これはすごい映画ですわ。「神の 都市」と云う名のスラム地区でギャングとして生きる子供たちを描いた作品。ちびっこギャングといえば可愛らしいが、拳銃片手にドラッグ、盗み、殺人まで日常茶飯事という彼ら。警官までも汚職にまみれて治安は最悪。特に子供が子供を撃ち殺すシーンはなんともやりきれない。これが実話だというからショッキングだ。

 我々日本人の感覚で見れば、成熟してない社会というか、まるで人の命の重さが違っている。ちょっとしたことで撃ち殺すのは貧困ゆえか。命にかかるコストが少ないからそうなるのか。明治維新前の日本でも武士は「斬り捨て御免」であったが、半ズボンを穿いた子供同士で殺し合うなんて考えられない。
 あらすじだけ聞いたらなんと陰惨な恐ろしい映画かと思うけれど、映画はテンポよく意外な明るさをもって描かれており、それがヘビーな内容からの救いになっている。見応えありの傑作。

 低予算パニック映画「エイドリアン・ブロディ エスケイプ」

 無料体験期間中のNetflixで「戦場のピアニスト」の個性派俳優エイドリアン・ブロディ主演の映画「エスケイプ」を観た。目が覚めると壊れた車の中、ここはどこ?わたしは誰?おまけに左脚がダッシュボードに挟まって抜けない。飢えと寒さと不安のなか、果たして主人公は脱出することができるのか。という単純なストーリー。似たような話で、クルーザーから海に飛び込んだはいいが、梯子を下ろしてなかったために船に上がれなくなってしまう「オープン・ウォーター2」、スキーのリフトが途中で止まったまま上空で放置される「フローズン」という映画もあったな。こういう簡単な設定の低予算パニック映画が好きだ。どうするんやろ?どうなるんやろ?とドキドキしながら観て、ああー!やっぱりそれかー!?と画面に向かって突っ込んでみたりして( ̄▽ ̄;
 こういう映画は最後の結末が肝心なのだが、「エスケイプ」はあっさり終わってちょっと肩透かし。でもブロディの情けない顔の名演技で一時間半のあいだ結構楽しめた。最近の映画は制作費かけて2時間3時間とやたら長いのが多くていかん。

 ジョン・レノン・NGT

 映画「ジョン・レノン・ニューヨーク」を観た。ドキュメンタリー映画としてはそこそこ面白かった。誰にでも苦手なものはあると思うが、わたしはジョン・レノンが苦手である。少年の頃からレコードも持ってたが何度挑戦しても感性が合わない。白状すると、ジョン・レノン命みたいな人を見ると、うわ〜ほんまかいな何がええんやろ?とつい疑ってしまうのだ(^^;

 ジョン・レノンといえば、もう随分昔になるが、少し酒に酔ったお客に絡まれたことがある。
「Masterはジャズのなかで誰がいちばん好きやねん?」
「俺は(音楽のなかで)ビートルズがいちばん好きやねんけど、Masterは誰が好きやの?」
 いきなりそんなこと言われても困りますがな。ルー・ドナルドソンも好きやし、やっぱりマイルスも好きやし、ダイナ・ショアの唄かて聴いたらメロメロになりますわ。

 そのお客様はおそらくジャズのことがよくわかってないのだと思うが、わたしのジャズ愛に自分のビートルズ愛の強さで張り合おうとしたのかもしれない。きっと「そらマイルス・デイヴィスに決まってます!ビートルズの百倍すごいです!」とか言って欲しかったのだろうが、張り合いのない返事にがっかりした様子。そらあんた、比べるもんとちゃいまっせ。

 動画見放題時代

Netflixでカルト教団映画の「レッド・ステイト」、ロバート・デ・ニーロ扮する超能力者が怖い「レッド・ライト」、邦画の「放送禁止劇場版 ニッポンの大家族」を観る。無料体験キャンペーン大いに利用させてもらってます。無料期間終了の三日前にメールでお知らせがあるという親切な仕様。
一方、無料体験が終わると同時に自動で引き落としが始まるというのがよくあるパターンで、Amazonのプライム会員も年末にバタバタしてて、あっ!と気づいたときにはもう遅い。ちゃっかり1年分の会費が引き落としになっていた。くそぅ、来年はプライム会員なんか絶対なってやるもんか!と思ってたところ、Amazonも今月末から動画見放題のサービスを始める予定で、なんとプライム会員は無料だというのだ。どういうラインナップの映画が観れるか次第では、来年もプライム会員になってしまうかもなあ(^^;

 テリーとスッポン

 クラーク・テリーといえば、カウント・ベイシー楽団からデューク・エリントン楽団を渡り歩いたトランペットの名手であるが、片手にコルネット、もう片方にフリューゲルホーンを持って交互に吹いたり、意味不明のスキャットで一曲演ってみたり、トリッキーな技も披露した。それら多彩なサウンドは、マーキュリーの『オスカー・ピーターソン・トリオ+1、クラーク・テリー 』で存分に楽しめるが、なかでもブランジャーミュート奏法、つまりトイレのスッポンや帽子、手などをベルに被せて開閉しワウワウ効果を出す奏法を得意とした。

 ここで不思議なのは、クラーク・テリーをアイドルとしたマイルス・デイヴィスが、どうしてそれを真似しなかったかということ。’70年代にジミ・ヘンドリックスから贈られたワウワウペダルを、わざわざトランペットにマイクを通して使うようになるマイルスだが、ワウワウ効果を出すならそんな面倒なことしなくてもトイレのスッポン買ってきて棒を外せばいいじゃないか。

 自慢じゃないが、マイルスとわたしの身長は同じくらいで、これまた自慢じゃないがトランペットも吹いたことがある(なんの自慢や)。で、右手でトランペットを支えて持ち、左手をまっすぐ伸ばしてベルを塞ぐ、塞、ふさ…げない。なんと、ワウワウしようにも手がラッパの先まで届かないのであった(^^;

 ジミーはジャズの夢を見る

 映像配信サービスのNetflixは、日本では9月2日にスタートしたばかり。そうとは知らずに9月3日にお試し入会した。今年発売のテレビのリモコンには「Netflixボタン」を付けさせたというからすごい。HULUとやYouTubeみたいにテレビのネットサービスアプリでも見られるものと思ったら、今のところ我が家のREGZA 65J7では見れないようである。Chrome CastやApple TVを付ければ見れるみたいだけれども、一ヶ月の無料お試し期間だけでやめるつもりなのでiPad miniの小さい画面で我慢。これ以上の投資はしないことにする。

 なんだかんだでNetflix3本目の映画は「二郎は鮨の夢を見る」。オバマ大統領来日時に安倍総理が案内したミシュラン三ツ星鮨店「すきやばし次郎」の85歳の職人小野二郎を追ったドキュメンタリー。
 いやぁ、かなわんなあ〜。こういう技を極めた職人さんに比べたら、わたしなんかもうヘナチョコすぎてお話にならない。
 「メニューはおまかせコースのみで3万円から」。わたしもカットだけで3万円とか言ってみたいが、一生無理だろうな(^^;

 小野二郎さんは、85歳とは思えないほどすばらしくお元気で矍鑠としてらっしゃる。人前に立つサービス業はこうでなくては。2014年には黄綬褒章を受章されたそうだ。わたしは勲章とか恐れ多いけれど、インフラノイズの秋葉社長にはあと20年くらい頑張っていただいて、ぜひ天皇陛下から黄綬褒章を拝受していただきたいものである。

 クラーク・テリーが伝えたもの

 昨日の映画「ニーナ・シモン〜魂の歌」に続いて、Netflixで「伝え続ける情熱と音楽」という映画を観た。なんだか難しいタイトルだなあと思ってよく見ると、惜しくも今年(2015年)逝去したクラーク・テリーの晩年を描いたドキュメンタリー。これは観なくては!
 若い盲目のジャズピアニスト、ジャスティン・コフリンにクラーク・テリーがジャズの真髄を教えるのをメインテーマに、クラークの闘病やコンクールに懸けるジャスティンの成長などを描いていく。

 ジャズの歴史そのもののようなクラーク・テリーの言葉には含蓄があり、やはりただの老人とはえらい違いだ。トランペットの技量だけでなく人格も温厚で立派。たくさんの後進ジャズメンに慕われていたのも肯ける。(マイルス・デイヴィスは麻薬を買う金欲しさに恩人クラークの服を質に入れたという)
 一方のジャスティンは、なんとなく顔つきがわたしに似てるせいか、若い頃の自分に重ね合わせてしまう(笑)素直でいいピアニストだ。

 ラスト近くになって、寝たきりになったクラークの家へ大物クインシー・ジョーンズが訪れる。彼”Q”こそクラークの最初の弟子なのだ。クラークの薦めでピアノの腕前を披露するジャスティン。才能を見た”Q”は自分のツアーに参加するようジャスティンを誘う。ああ、エエ話や!
 しかし、エンドロールで「プロデュース:クインシー・ジョーンズ」と出て、しまった!最初からクインシーの仕込んだ出来レースだったのか!?とひっくり返ったわ(^^;

 ニーナ・シモンと怒る人々

 一度もパクったことのない者のみ、この者に石を投げよ。最初は面白がって言ったつもりだろうけど、みるみる炎上してしまい、ちょっとかわいそうだったね。そらちょっとマナーは悪かったかもしれんが、そんなに寄ってたかってデザイナー人生をめちゃめちゃに破壊しないと許されないほどの極悪人というわけでもなかろうに。

 話は変わるがNetflixという映像配信サービスの一ヶ月無料というバナー広告を見つけたので試しに入会してみたら、無料といってもいまいち古くてパッとしない映画ばかり。即退会かと思ってたところで「ニーナ・シモン〜魂の歌」というドキュメンタリー映画があったので観てみることにした。
 ニーナ・シモンはレイ・チャールズと同じく、ジャズの範疇から大きくはみ出している人なので、ずっと聞き続けるのはちょっとしんどい、というか、暑苦しい(^^;
 映画の中でも出てきたが、熱心に公民権運動に参加したり、バッハを聴くときのように静かに聴けとかいって観客によく怒っていたりで緊張してしまう。音楽はわりと好きなのだが。

 なかでもCTIレーベルの『ボルチモア』はいちばんのお気に入りで、ジャズからは遠いものの都会的に洗練され、ポップな「リッチ・ガール」や、表題曲のレゲエのリズムもイカしてる。ニーナ・シモンやレイ・チャールズの音楽に感じるある種の濃厚な泥臭さ、素朴ゆえのパサパサ感が苦手なわたしにはこれくらいがちょうどいい。

 男前は髭を剃る

 なんとなく10ヶ月たくわえたあご髭を剃った。たいして濃くもないのでミニトリマーでバリバリッと刈ってシャボンをつけ、普通に剃ったらあっけなく元に戻った(^^;
 髭剃りといえば、少し前にブラッド・ピット主演の戦争映画「フューリー」を観た。ドイツに進攻するアメリカ軍戦車と、現存する旧ドイツ軍ティガーI型戦車の対決が見ものだが、劇中、ドイツ人の民家へ押し入ったブラピ隊長が、部下には美しい娘をあてがい、母親には貴重な卵を与え、湯を沸かしてもらうと自分はさっぱり髭を剃るというシーンが印象的だった。戦争の極限状態にある中で、女や食い物より髭剃りを優先するブラピの男前なこと!

 自己中ならペギー・リーで

 たしかに日本の若者を戦争に行かせたくないよね。しかし国外の紛争で亡くなってる人たちもいるのに、日本は「知りません。勝手にやってください」というわけにもいかんだろう。もっと視野を拡大すべきではないかなあ。

 さて、毎年夏場はオーディオの音が冴えなくてイライラするのだが、今年は秘密のテクニックでうまく乗り切った。調整がうまくいったときはペギー・リーの歌う『ブラック・コーヒー』が最高だ。これから秋が深まるにつれ、音楽鑑賞にいちばんいい季節がやってくる。毎年この時期は不遜にも、うちのオーディオは日本一エエ音するんとちゃうやろかと思って聴いていることがある(^^;
 わたしが思うくらいなのでおそらく皆さんもそうだろう。それでいいのだ。それこそが趣味を長持ちさせる秘訣なのである。

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