今日と明日は夏祭り

 今日と明日は地元野里住吉神社のお祭りで、次女が朝から張り切って髪を盛りに盛って出かけて行った。中之町、東之町、西之町それぞれのだんじり3台と北之町の枕太皷、合わせて4台がそれぞれJimmyJazzに祝儀を取りに来る。托鉢僧やエホバの証人は断っても、生まれ育った町の祭りの祝儀を断るわけにはいかない。それぞれに一千円ずつを渡すと、うちわと玄関に貼って領収済みを表すシールをくれるのだ。
  そうそう、祝儀といえばこんな話を思い出した。

 当店ができて間もない頃、町会だか何だかの寄付を集めに来たので千円を寄付すると、当店の並びで某洋菓子のフランチャイズ店を経営していた店長が、「同じ団地で商売をしてるのだから、寄付の額は相談して同じにすべきだ」と言ってきた。わたしがもう千円寄付したと言うと、「商売してるのだから五千円くらいは寄付すべき」ということを懇々と諭された。世間知らずのわたしは「そういうものか」と黙って聞いていた。
 そしてその年も夏祭りがやってきた。祝儀は寄付じゃないから千円でもよかろうと勝手に判断して、シールを玄関ドアにペタペタ貼っていたら、洋菓子屋の店長が真っ青になって飛び出してきた。祝儀を取りに来るだんじりは一台だけじゃあないんだよ〜(^^;

 ハロルドの名盤

 ハンク・モブレーの名盤『ディッピン』には、一曲目に「ザ・ディップ」、二曲目に「リカード・ボサノヴァ」と立て続けにかっこいい曲が並んでいるが、モブレーのテナーとリー・モーガンのトランペットは思い出せても、ピアノソロがどんなだったかあまり記憶にない。あらためて聞きなおしてみると、ピアノソロ部分もまるでバッキングしてるようなブロックコードの連続で、ソロらしくないソロなのだがドライブ感があってこれがいい。ピアニストは?ハロルド・メイバーンか!なぜ彼は他のピアニストのようにシングルトーンで弾かなかったのだろう?
 思い出したようにヴィーナスレコードのリーダー作『ドント・ノー・ホワイ』を聴いてみると、なるほどここでもシングルトーンは極端に少なく、厚みのあるブロックコードでガンガン攻めてくる。名前だけで知ってるつもりになっていたが、こういうスタイルの人だったのか。

 カウンターパンチ炸裂の一枚

 若い頃から、知らない音楽と出会ってはノックアウトされてきたわたしであるが、最近は歳を取ったせいか、お客様がノックアウトされる瞬間をちょくちょく見かけるようになった。今日はカーメン・ランディの『This is Carmen Randy』をかけてたら、一曲目「オール・デイ・オール・ナイト」を聴いてカウンター席でぶっ飛んでるお客様がいらっしゃった(^^;
 この曲はイントロ初っ端のカッツーン!でノックアウトするパワーを秘めた強力にかっこいい曲なのであるが、カーメンのオリジナル曲なので初めて聴いたカウンターパンチ一発で仕留めたというわけだ。録音もすこぶる良い。
「この曲の入ってるCDを教えて下さい!」
 歌ってるのはカーメン・ランディで、えーっとタイトルはなんでしたっけ?そうそう、『This is Carmen Randy』って、そのまんまやな( ̄▽ ̄;

 そこは突っ込むべきなのか

 突然思いついたように長女とユニバーサル・スタジオ・ジャパンへ行く事を決めたので、家内と次女にはちょっと悪い気がしないでもない。みんなで行くのも楽しいけれど、長女と二人だけで外出する機会にはなかなか恵まれない。長男と末っ子の次女は何かと連れて行く機会が多いのだが、その点、次女は損な役回りである。
 4年ぶりに行ったUSJでは、スタッフがまめに声をかけたり手を振ったりしてくれるようになった。長女はスターウォーズの柄が入ったTシャツを着ていたが、「あっ、スターウォーズ!」と目ざとく見つけて声をかけてくれる。少なくとも2回は「スターウォーズ!」と言って声をかけられた(スターウォーズはディズニーなのに)。当然長女はご機嫌である。残念ながらオッサンのわたしには声をかけてこなかったが(^^;

 一時は経営難に陥って、サンリオのキティちゃんをキャラクターに加えたりして迷走してるとバカにされていたUSJも、経営者が変わってから人気をぐんぐん盛り返している。ハリーポッターのような新アトラクションの影響もあるけど、こういったスタッフ教育の地味な部分が底力となって効いているように思う。
 当店でもたまにジャズのレコードジャケットがプリントされたTシャツを着てくるお客様があるけど、照れくさいんじゃないかと思ってあえて何も言わないのだが、やっぱり「おっ?それはクール・ストラッティンですね!」とか言ってあげたほうがいいのだろうか??( ̄▽ ̄;

 長女とUSJ

猛暑の中、長女と二人でユニバーサル・スタジオ・ジャパンへ四年ぶりの来訪。新アトラクションのハリー・ポッターやスパイダーマンライドに初めて搭乗。スパイダーマンでは途中安全装置が作動して停止するというアクシデントも。USJもハイテク化が進み、入場券もネットからQRコードで発券されたり、スマホで各アトラクションの待ち時間がリアルタイムで表示されたり。何度も乗ってる人気アトラクションのバック・トゥー・ザ・フューチャーの待ち時間がわずか10分と出たので乗ってみると、大スクリーンに映し出される画質がボケボケである。そろそろメンテナンスが必要なのでは?

 マルチに強いオーディオ

 JimmyJazzのオーディオシステムの音が良いのは、ただ単にJBLスピーカーにマッキントッシュのアンプだからというわけではなく、インフラノイズのリベラメンテケーブルの力に依るところが大きい。リベラメンテシリーズが出るに従い、だんだんとステップアップしていく過程で、’70〜’80年代のマルチ録音の音源が素晴らしくなっていくのは目を見張る思いがした。

 ソニー・ロリンズの『サキソフォン・コロッサス』のように、スタジオでお互いの生音を聴きながら演奏した一発録りの音源なら、JBLやアルテックのスピーカーをあてがってやれば、それらしく簡単に鳴ってしまう。
 ところが音が互いに干渉しないようミュージシャンが別室に入れられて、ヘッドホンでモニターしながら演奏したものは、デジタル再生するとバラバラに聞こえてしまうケースが多かった。マルチトラックの音源は、CDというフォーマットと特に相性が悪かったのだ。
 それがリベラメンテケーブルを導入していくと、不思議なことにビシッとタイムラインが合うというか音楽の体裁が整っていくのである。

 ’50年代のジャズしか聴かないと開き直るならJBLで通すのもいいけれど、他の音楽も諦めきれないという欲張りな人には、ぜひリベラメンテケーブルの導入をお勧めしたい。もちろん’50年代ジャズも素晴らしくなること請け合いだ。

 不安な日々

 今年4月にオートバイ事故で急逝した俳優の萩原流行が、奥さんと共に患ったうつ病について書いた本「Wうつ」を読んだ。芸能人は年末年始にみんな休みを取るが、仕事がないその期間に「来年も仕事は来るだろうか」と猛烈に不安になると書いてあって、ああ、どこの世界でも同じなんだなあと思ってしまった(^^;
 当店も閑な日が二日も続くと、もうお客様が来てくれないのではないか、JimmyJazzはもうイケてないんじゃないかと不安になったものだが、何回も不安になってるとだんだんアホらしくなってきて、そのうち来てくれるさと開き直るようになった。それでも10年20年と通ってくれた方がぱったり来なくなったりすると、何か気に障ることをしただろうかとさすがに不安になる。
 いくら常連客でも死ぬまでずっと来てくれるわけではない。それぞれ事情があるのだろうと頭でわかっているのだが、やはり寂しいものである。
 それでもまたどこからか新しいお客様がやって来ては定着し、その繰り返しでどうにかJimmyJazzは回っているのだ。

 8月17(月),18(火),19(水)の三日間夏季休暇をいただきます

 8月の夏季休暇(お盆休み)の日程は17(月),18(火),19(水)の三日間と決まった。今年は冷蔵庫を買ったので旅行とかお出かけはなし。去年はどうだったかとブログを見てみると、やはりどこへも行かず娘のiPhoneが壊れたとかで三日間終わっている。そういえば去年はカードローンの借金返して、あと風呂場の椅子を買ったんだっけ(^^;
 せっかくの休みだから、出かけなくても何かリフレッシュできることはないかと今考え中。子供達もバイトでなかなかスケジュールが合わないが、1日くらいはみんなで外食でも行ってみるか。焼肉とか。

 もっと満足を!

 顧客はいつでも、より深い満足を得たいと望んでいて、今よりもっと良い結果が得られるならより多く出費する用意はある。しかしどういうわけか職人は顧客は金を払いたくないものだと思い込んでいるのだ。したがってより安くて良いサービスなり商品なりを提供しようと努力するのだが、それで満足した顧客は、多少高価でももっと良いものができるなら、そちらを欲する傾向がある。
 職人にしてみれば、「これで充分ではないか。何の不満があるのか」と思うだろうが、顧客の求めているのは「必要充分なもの」ではなく「最高のもの」あるいは「究極のもの」で、売る側と買う側には感覚のズレがある。
 「もっと良いのをください」と言われたときに、それで充分でしょうと言わずに「ではこちらはいかがですか?」というものを用意できるかどうか。このへんに成功の秘訣があると思うのだが、完成した髪型に余分にハサミを入れてもっと良くなるわけでもなし。職人には難しい課題なのである(^^;

 耳の穴が広がるのは?

 常に手放せないiPod純正のイヤフォン。これをしたまま音楽を鳴らさずに外部の音を注意深く聞いてみると、イヤフォンをしてない状態に比べて音が整理されて聞こえてくるのがわかる。小さなイヤフォンの筐体の内部で音楽に最適なように響きが整えられている。これがすなわちチューニングということなのだ。
 ちなみに音楽を鳴らした状態で、イヤフォンをしたままニカッと笑うとそれだけで音量が大きくなる。笑顔を作ると耳の穴が大きく開いて鼓膜との距離が縮まるせいであろうか。イヤフォンなしでスピーカーで音楽を鳴らしながらお客様と談笑しているうちに、どんどん音量が大きくなる気がして、ボリュームを下げることもある。これは音が変わったのでなく、聴き手の耳の状態が変化したわけだが、良い音楽を聴いているうちにリラックスしてきて、だんだん音質まで良くなってくることがある。これを果たしてプラセボ効果と呼んでいいのかどうか(^^;

 雛孵る

 おそらくできないだろうと思っていたJimmyJazzネオン上の鳥の巣が完成し、少なくとも三羽以上の雛が孵って、いまピーピーと親鳥から餌をねだっている。これから大きくなって巣立っていくのだろうか?巣立った後はどうなるのか?来年も再利用されるのだろうか?ネオンが壊れないか心配だが、被害が及ばないうちは目をつぶろう。よくぞ完成した。あっぱれである。

 冷蔵庫到着

今朝は暑くて早く目が覚めたので、娘を誘って塚本駅前の喫茶こすもでモーニング。帰ってテレビで映画「横道世之介」を観る。大河ドラマ「花燃ゆ」の高杉晋作役で光ってる高良健吾が、対照的に頼りなさげな主役世之介を好演。
電話が鳴り、ヤマト引越し便から冷蔵庫の引き取りと配達に伺いますと連絡。暑い中汗で伝票がびっしょり濡れるほどの四階階段上げ下げは気の毒なほどであった。無事に納品完了。LEDの内部照明が新時代っぽい。新しい省エネ冷蔵庫は熱くならないのかと思ったが、筐体の側面は以前のと変わらず熱くなっている。散歩から帰ったら珍しくスイカが冷えていた。

 乱聴乱読

 わたしのCDや本の選び方には、特に決まった作法があるわけでなく、片っぱしから聴きまくり、片っぱしから読みまくるというのが昔からのパターンである(^^;
 このアーチストのこの年代のものを買えば絶対に気に入ると狙って買って、当たる場合もあるけれど、期待通りの内容だからといって面白いとは限らない。むしろ意外なところから自分の新たな嗜好が発見されたほうが実り多いのではないか。
 ジャズにしても本にしても、なにしろ数が膨大なので、全部聴き、全部読むなんてことは一生かかっても無理だ。したがって、ちょっとでも気になったり、興味がわいたらパッと買ってみる。失敗することもあるけど次々買うから、悔やんでいる暇はない。しかし不思議なもので、こりゃダメだと思ってたものが何かのきっかけで猛然と好きになることもあるから、深く考えないで片っぱしからというのは意外といい方法なのだ。

 音を聴いてストーリーを妄想する

 テナーサックスのジョニー・グリフィンは、録音技師のヴァン・ゲルダーと折り合いが悪く、リバーサイドレーベルに移籍したというが、それ以上詳しい話は知らない。どういう経緯でグリフィンとヴァン・ゲルダーは仲違いに至ったか、ブルーノートの『イントロデューシング・ジョニー・グリフィン』を聴きながらぼんやり考える。グリフィン、ちょっとはしゃぎ過ぎだぞ。この作品に限らず、ブルーノートに残された三枚のリーダーアルバムは、どれも吹き過ぎの印象が残る。調子に乗ってやり放題なグリフィンにヴァン・ゲルダーがイラっとしたのか、それともヴァン・ゲルダーが気に入らなくてやけくそで吹いていたのか。

 もうひとつ、逆のパターン(?)で、これもあくまで想像の域を出ないけれど、デッカ・レコードの録音になるとエラ・フィッツジェラルド、カーメン・マクレエ、ビリー・ホリデイといった化け物級(失礼!)の女性シンガー達が、やけにしおらしく、女っぽくなって歌うのである。それがレコード会社の方針なのかもしれないが、もしかしたらデッカのスタジオに男っぷりのいいプロデューサーなり録音スタッフなりが詰めていたのかもしれないと考えたら、なんだか楽しくなってくるではないか。

 音楽好きの成れの果て

 ピース又吉が芥川賞を獲ったという。うわぁすごいなぁ。受賞作はまだ読んでないけど、又吉の読書好きは有名で二千冊以上本を読んでるらしい。彼のような人こそ、読書好きの成れの果てで、書かずにおれないようになった結果、見事芥川賞を受賞するまでになったのだろう。
 わたしも二千冊くらい読んでるような気もしないでもないが、そんなに好きで読んでるという感覚はない。ある意味苦痛でさえある(^^;
 それでも読まないことにはどんどんアホになるので読んでいる。いい本に当たると「読書っていいなあ」としみじみ思うが、駄作だとかなりつらい。

 映画もたくさん観るけど、これもつまらないとすぐ寝てしまう。映画館だと元を取ろうと必死で起きてるが、自宅で観てたらもう瞬殺である。映画も好きで好きでたまらないという感覚はない。
 やっぱりなんだかんだ言っても音楽は飽きないし、興味は無限に広がっていく。生演奏が好きというより録音されてレコードなりCDなりにパッケージされた音楽が好きなのだ。それこそ世紀の名演だろうと幻の音源だろうと何度でも繰り返し聴けるからレコードはいい。しかしいくら音楽が好きで聴きまくっても、ただ聴いてるだけではグラミー賞は獲れないのだ。残念!

 除湿のほうが音がいい

 夏が苦手な理由の50%位は、エアコンで空気が乾燥してオーディオの音が悪くなるせいである。朝から晩までキンキンに冷房を入れてたら、夜には自分の髪が乾燥でガサガサになっているのがわかる。
 そこで今年は常時風が出ている冷房でなくて、温度が上がると冷風が出てくる除湿運転にしているのだが、これがなかなか音にいい。たぶん熱い空気と冷風が混じり合うのがいいんじゃないか。室内の温度は均一でなく温度差があるほうがいい音がするのである。
 一説には 冷房運転よりも除湿運転のほうが電気代がかかるという話もあるようだが、除湿運転とサーキュレーターでなんとか行けるとこまで頑張ってみよう。

 あるからって手を出すな

この時間まで更新してないとさすがに焦る(^^;
それにしても毎日暑いっス。当店の近所でも今日から蝉が鳴き始めた。冷房もギンギンで喉が渇くものだから、水分の摂り過ぎで胃腸も弱ってくる。原則1日1杯と決めているが、いつも冷蔵庫の中にコーヒーがあるとつい飲んでしまうのだ。
26年前に店をはじめた頃は、コーヒーがあるのが嬉しくて砂糖もフレッシュもドバドバ入れて毎日何杯も飲んでいたっけ。
去年イタリアンのシェフをしていた友人が肝硬変で亡くなったが、やはり彼も毎日料理しながら酒を飲んでいたという。なんでも常に手元にあるのはよくない。

 音楽との出会い

 横溝正史原作の映画「獄門島」がテレビでやってたので、録画して少しずつ観ている。この映画はロードショーのときに観に行った。パンフレットも買った覚えがあるが、1977年作品なのでもうどこかへ行ってしまった。瀬戸内海の風景をバックにギターがビロローンと鳴る音楽が良かったなあと懐かしんで観ていると、ふと、これってマイルス・デイヴィスの『イン・ア・サイレント・ウェイ』の真似じゃないかと気がついた。当時はマイルスなんて聴いたことなかったからわからなかったが、そうだったのか!?(^^;

 今朝は忙しくて年配のお客様を少々お待たせしてしまった。そのときは『レジーナ劇場のアストル・ピアソラ 1970』がかかっていたのだが、お客様が雑誌をめくる手を止めてじーっとスピーカーを凝視して聴き入ってる姿が印象的だった。おそらく普段から音楽を聴く習慣のない方だと思う。それでも一瞬にして音楽のよさを感じ取られたのだろう。毎日10時間以上ジャズがかかっている環境にあっても、こういう瞬間はなかなかお目にかかれない。嬉しくもありがたいことである。

 冷蔵庫を買おうかなぁ

買い換え予定の冷蔵庫は、先週家内とヨドバシで実物を見た結果、三菱のMR-B42Yにしようかと。420L。五人家族だともっと大容量でないといけないかと怖れていたのだが、毎日買い物に行く我が家ではそれほど大きくなくていいらしい。ネットで調べたかぎりではクリスタル扉の日立が良さそうと思ったのが、売りの真空チルドがすぐ壊れそうだというので却下。このへんは主婦に聞いてみないとわからないものである(^^;
内定がでたところで、今朝は現用の冷蔵庫を搬出する際に邪魔になる玄関網戸の取り外しに挑戦した。ドライバー1本でなんとか外すことができた。枠ごと全部外さなくても網戸部分だけ外せることがあとからわかった。再び取り付けて、あとは冷蔵庫を注文するだけだ。

 舟を漕ぐ

 連日の暑さでお疲れのせいか、今日はほとんどのお客様が爆睡しておられた(^^;
 ちょっとウトウトする程度なら大丈夫なのだが、完全に首が落ちてしまうと刈りにくいことこのうえない。起こしても起こしても首が落ちてくるのだ(笑)
 後ろを刈れば襟元から毛が侵入してチクチクするし、サイドを切るには身体を傾けないといけないし、前髪にいたってはちゃんと前を向いてくれないものだから、もう想像で切るしかない( ̄▽ ̄;
 幸いみなさん常連の方ばかりなので、想像で切ってもどうなるかはちゃんとわきまえている。あとは顔剃りするときにバランスを整えてなんとか形にする。首がチクチクしてないかだけが気がかりである。
 でも、散髪しながら寝るのって気持ちいいんだよなあ〜。

 帽子は脱ぐべし

 気軽に楽しめるお洒落として帽子をかぶる人が増えてきた。わたしも外出に帽子は欠かせないけれど、部屋のなかではかぶらない。屋内で帽子を取るのは常識ではないか。部屋の中で帽子をかぶるのはたぶん美容師さんが流行らせたのだろう。しかし、目上の人の前で帽子を取るのがマナーであるから、お客様に敬意を払ってないかのように見える。
 こんなことを言うのは古いといえば古いのかもしれないが、まあ取りたくない理由があるのだろう。屋内でかぶるのは許すとしても、せめて食事のときくらい帽子脱いだらどうだ?(^^;
 動植物が命を差し出して食料となってくれてるのに、帽子も取らず失礼とは思わないのか。いただきますとは、命をいただきますという意味なのだぞ。
 ところがユダヤ教やキリスト教では、人間以外の生き物には魂がないという教えなので、彼らは食事の前に祈りを捧げているが、じつは食事を与えてくれた神に対して祈っているのである。動植物に供養する意味で両手を合わる仏教徒の感覚とはちょっと違うみたいだ。
 どっちにしても、食事のときくらい帽子脱げよ!!"o(▼皿▼メ;)o”

 室外機の熱風

 夜になっても蒸し暑く、昨晩はついに自宅のクーラーを稼働した。この蒸し蒸しした空気は、みんながクーラーをつけるために室外機から吹き出しているのである。数年前、淀川花火大会の夜に犬の散歩に出たらやけに涼しくて、「今日は珍しく涼しいな」と思っていたら、花火大会が終わってみんなが帰宅すると、どこの家庭でもクーラーをつけ始めていきなり蒸し暑くなって驚いた。
 今年は行かないけど、我が家はよく夏に家族旅行で福井県に行った。特急サンダーバードで帰ってくるのだが、いつも大阪駅に着くとムワ〜〜ッと蒸し暑い空気が流れ込んできて、一気にバカンス気分が吹っ飛ぶのである(^^;

 クリックしてもらうのはとても難しい

 長いことホームページ(ブログ)を運営してて思うのだが、他人様は(あるいは親しい友人であっても)一回のクリックさえなかなかしてくれないものだ。クリックすることくらいなんでもないだろうと思うのだが、なんでもないことほどクリックしてくれないのである(^^;
 クリックさえしてくれないのだから、よほど面白いことでも書いてないかぎり画面スクロールもしてくれないと思ってまず間違いない。横スクロールなんてもってのほかである。
 一生懸命説明しようと頑張って書いても、3行以上詰まった文字を見ると「ハイハイ」という感じで斜めに読んで飛ばされてしまう。さらにその参考としてURLを貼っても、http://art.pepper.jp/archives/000413.html というようにリンクしていないとわざわざコピーして参照してくれることはまずない。
 また、ブログやホームページの書き手はなぜか読者はページの隅々まで熟読して、趣旨を完全に理解してくれてると思い込んでる。しかし自分が他者のブログや書き込みを見るときを思い出してみたらいい。それほど注意を払わず適当に読んでいるはずなのだ。
 そんな状況を踏まえた上で、どう読ませるか、いかにしてクリックして読んでもらうかが書き手の腕の見せ所。良いことを書いたつもりでも誰も読んでくれないんじゃ話にならないのである。

 ジャズは戦い

 ジャズは戦いである。音楽を戦いとは何を物騒なと思うかもしれないが、瞬時にアドリブを繰り出し、見事な音楽を作り上げる様子は、向かってくる敵をバッタバッタとなぎ倒す戦いのようだ。ジャズには制限時間があり、刻々とまわりの状況が変化するのを見据えながら自分の出方を判断しなくてはいけない。そのなかで良い演奏ができれば勝利、できなければ敗北ということになるのだ。
 じつは散髪もジャズと同じく戦いなのである。いろんな髪質の人がやってきて、それぞれの希望を聞いたうえで制限時間内に期待通りかそれ以上の仕上がりができれば勝利。次回も来てくれる固定客となるが、できなければ来てくれない。すなわち敗北なのである(^^;

 運び出しの心配

 大型スピーカーの入れ替えも勇気と費用がいるが、大型テレビや今回の冷蔵庫も気軽に搬入できないものである。何しろ販売店によって設置費用が違うし、現用の冷蔵庫も引き取ってもらわないといけないから、販売価格だけをじーっと見て比べても、実際に全部でいくらかかるのかわかりにくいのである。
 まず、当家はエレベーターなしの外階段4階であるから、送料とは別に階段上げ費用というのが2〜4千円ほどかかる場合がある。それに引き取ってもらうリサイクル費用が高いところだと一万円以上もかかってしまうのだ。

 次に問題なのが、現用冷蔵庫の運び出し。実はこの冷蔵庫を運び入れた後に家をリフォームしているから、果たして搬出できるのかという恐怖の問題がある。台所から居間に出してさらに廊下に出すのだけれど、リフォームで居間の扉が以前の半分になっている。計ってみたところギリギリで出せそうな感じだが、ここで出たとしても、玄関を通るかどうか。ここも後から網戸を付けたから間口が若干狭くなっているのだ。網戸を外す手間は覚悟しなくてはいけないだろう。通常なら「最悪の場合はクレーンで」となるのだが、我が家の台所も居間の窓も、とてもじゃないが冷蔵庫を通すことはできない幅だ。大きな窓は”はめ殺し”で外すことはならない。冷蔵庫買い換えはいろいろと心配なのである(^^;

 冷蔵庫の買い換え

JimmyJazzの飲み物サービスのために置いていたミニ冷蔵庫の電気代が、ひと月で約4千円もかかっていたことに驚き、これは自宅の古い冷蔵庫もそろそろ買い換えたほうがいいのではないかと真剣に考えはじめた。なにしろもう20年も使ってるし、それも友人の家に置けなくなったというので貰い受けたものであるから、そうとうなものである(^^;
というわけで本日は家内同伴でヨドバシ梅田へ冷蔵庫を見に行ってきた。マッキントッシュのアンプみたいなドアがクリスタルガラスのやつがいいかなと漠然と思っていたが、実物を見、店員さんの説明を聞いてみると、やはり候補が二転三転、冷蔵庫なんてどれも同じかと思ったが、ネットで見ただけではわからないものである。ふーむ。

 お客様は神様ですか?

 あまり信じてもらえないけれども、当店では時たま自分でもびっくりするような良い音が出ることがある。たまたまそのときに居合わせて、JBLのスピーカーを買ってしまった人を数人知ってるが、JBLだから出るというわけでもない。今日も営業中にそれが出た。かかっていたのはデイブ・ブルーベックの『タイム・アウト』だ。頭にズキンズキンとくるシンバルが印象的な「トルコ風ブルーロンド」から宝石がこぼれるようなイントロの「ストレンジ・ミドー・ラーク」ときてお馴染みの「テイク・ファイヴ」である。もう神が降臨したかと思うような惚れ惚れする美音。頭を刈りながら一緒に聴いていたお客様はどう思ったのだろう?大きくて高そうなスピーカーだからこのぐらいの音が出て当然と思ったのだろうか?
 しかし、お客様が帰ってしまうとあの音はもう出ないのである。「お客様は神様」とはこのことをいうのか(^^;

 お店らしさ

 26年前にJimmyJazzをオープンしてから、「なんだかあんまりお店らしくないなあ」という、妙なコンプレックスがあった。お店らしくないというのは、商売をやってる場所というよりも倉庫や事務所のような無機質な感じが抜けない感じだろうか。最初は店が新しいから、2〜3年もすればそれらしくなるだろうと思っていたのだが、5年経っても10年経っても店らしくならないのである。
 その間に近所でたくさんのお店がオープンするのを見たけれど、どの店舗もオープンしたその日からお店らしい雰囲気が溢れている。なのにJimmyJazzは、従業員を大勢雇いお客様で溢れかえっても、商品をいっぱい並べてもお店らしくならない。人に言われたわけではないからお店らしさというのはたぶん主観的なものだと思うのだが、ようやく20年を過ぎたあたりから当店もお店らしくなってきたかなと思えるようになってきた。
  そうか、ようするに何を売ってる店かをはっきりさせればお店らしく見えるのだ。そんなこともわからずに20年も過ぎてしまった。その間にできたお店らしい店、今ではその多くがなくなっている。

 シェリル・ベンティーンの輝き

 イマイチかなぁと思っていたCDが、音の変化によって俄然輝き出すことがある。わたしなどこの瞬間のためにオーディオをやっているようなもので、もともと録音の良いディスクにはあまり興味ないと言ったら言い過ぎか(^^;
 近頃では、シェリル・ベンティーンの『コール・ポーター ソング・ブック』が、再生18回目にしてようやく良さがわかったのである。マンハッタン・トランスファーのメンバーである彼女の歌声は、ソロで聴くとあまりにもバタ臭い。ジャズはアメリカの音楽だけれども、そのジャズばかり聴いてるわたしが違和感を感じるほど”外人さんっぽい”のである。日本人ばかりいるところにひとり白人が入ってくると圧倒的に”外人っぽさ”が目立ってしまうが、シェリルの歌声もそういう感じで、念のためオーディオだけでなくiPodに入れて聴いてみたのだが、どうにも馴染めない。これは失敗かなと思っていたある日、ほんの少しずれていたピースがうまくはまったように好きになった。オーディオの音がほんの少し変わっただけで、好き嫌いは大きく変化する。特に歌声が生理的に心地いいか不快かは、オーディオの調整次第で楽器の音色よりはっきりと判断されるからじつに怖いものだなあ。

 強烈な個性

 自分が参加しないからすっかり忘れていたが、7月5日(日)は阪神御影のデリカテッセン ポラリスで英デッカカートリッジを使用したレコードコンサートである。お近くの方は是非どうぞ!

 当店のスピーカーから名盤『クール・ストラッティン』のイントロがスピーカーから飛び出してくる。この底引き網が海底を引きずるようなハイハットシンバル。ドラマーのフィリー・ジョー・ジョーンズの独特のノリがこの盤の名演に一役買っている。マイルス・デイヴィス・クインテットのリズムセクションでもあるフィリー・ジョーは言わずと知れた名ドラマーであるが、惜しいことにあのスタイルでしか演奏できない人なのだ。

 ハードバップのスタイルで叩かせたら天下一品のフィリー・ジョーだが、黄金の’50年代も後半に差し掛かると、時代はハードバップからファンキー、モードへと変化していく。モダンな響きを必要とするこれらの音楽に、フィリー・ジョーのスタイルはいささか古めかしく、騒々しすぎてマッチしない。
 入れ替わるように再浮上するのが4歳年上の先輩ドラマーのアート・ブレイキー。元々ポリ(複合)リズムの感覚を持っていたことが幸いして、ファンキー、モードと複雑化していく流れに乗って、新生ジャズメッセンジャーズを発展させていくのだ。
 ロイ・ヘインズ、アート・テイラー、エルヴィン・ジョーンズら新感覚のドラマーが登場するなか、フィリー・ジョーのように強烈な個性をもって一世を風靡したものは、記憶に強く残るだけに古くなりやすいのである。

 感動を呼ぶ仕事

 ジャズシンガーでもうまい人の歌を聴いてると、やはりものすごいものがある。歌そのもので人を感動させる力があるのだ。ビリー・ホリデイが初めて「奇妙な果実」をステージで歌ったとき、聴いていた客が皆泣いていたというではないか。わたしが歌ってお客様を感動させようとしても無理があるけれど、仕事で感動させることなら頑張れば可能ではないか。
 当店の常連客の方々も、なんとなく近いから来ている人に混じって、何パーセントかは当店の何かに感動して通ってくれているのだと思う。それは散髪の腕前か、JimmyJazzの雰囲気か、音楽のおかげかはわからない。
 ある方はこんなことを仰る。「Masterが最後の仕上げのときにちょっとハサミ入れるじゃないですか。そのときに落ちる髪の毛が一ミリよりもっと細かい。こんな細かい仕事をしてるのかと驚きました!」と。
 一ミリ以下の細かい毛ぐらい普通に刈っていれば成り行きでなんぼでも落ちてくるのだが、そのお客様はそのことに非常に感動されたようである(^^;
 そのような美しい誤解でなく、本当にJimmyJazzは凄い!と感動してもらえるよう、日々鍛錬を重ねていかねばと、ビリー・ホリディの歌を聴きながら思う。

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