黙って座ればぴたりと当たる

 ほかに黙っていてもぴたりと当てられることといったら、そうだ、シリコン入りシャンプーを使ってる人は髪を触ってみたらすぐにわかる。ヘアカラーが染まらなくて苦労した、あの洗ってもなおヌルッとしたのが残ってる感じ。さすがにノンシリコンシャンプーが主流の最近では少なくなってきているけれど、いまだに
あっ、これは使ってるなという方がいらっしゃる。やはり髪が細くなってきてるようだが、「ああっ!シリコンシャンプー使ったらい〜けないんだいけないんだ〜」とはとても言えないで黙っている(^^;

 以心伝心

 昨日の話のつづき。

 わたし自身は超能力も霊感もまるでないと自覚しているけれど、音楽を聴かせてみたら、他人の耳から漏れ聞こえてくる音で、その人が演奏のどの部分を聴いてるのか、聴く気がないのか、音の悪い部分を聴いてるのか、そもそもこの音楽じたいを気に入ってるのか、それともチンプンカンプンなのかということくらいはだいたいわかる。何にも言わなくたって、その音楽がウケてるかどうかわかるのである(^^;

 反対に、客人のほうでもわたしの耳から出る音をそうとは知らずに聴いてるわけで、わたしがイマイチ調子がよくないなと思ったら、やはり調子のよくない音を聴かせていることになる。じつはオーディオを人に聴かせるというのは、そこに居るオーナーの音楽的な素養が音質にも大きな影響を及ぼすのである。オーディオショップの店員さんやジャズ喫茶のマスターのように、うまくトレースして聴かせる名人みたいな人はやはり存在すると思う。オーディオ演奏家という言葉は伊達ではないのだ。

 あるとき友人たちと他愛ない話をしていて、そこにいた女性がお風呂の話をするのを聞いてたら、「Master、いま彼女がお風呂に入ってるところを想像したでしょ?」とするどいツッコミがきた。むむっ?なんでわかったんだろう??( ̄▽ ̄;;

 鳴る人鳴らない人

 人間の耳というのはよくできていて、大音量の入力過多で聴覚がやられないよう筋肉を硬直させてリミッターをかけたり、反対に聞き取りにくい音を耳の中で増幅してクローズアップするという機能を持ち合わせている。難しい言葉でこれらそれぞれを耳小骨反射、耳音響放射と呼ぶ。

 一人でオーディオを聴いてるぶんには、耳小骨反射も耳音響放射もあまり関係がないのだが、複数で聴く場合には、なんとこれらの現象によって再生音の音質が変化する。音楽を聴いてるリスナー自身の耳から聴いているその音が増幅されて出ているからだ。
 そんなアホなと言う人もあるだろうが、鼓膜が振動するドライバーだとして、耳の穴のホーンを通じて音が放射されると考えれば、結構大きな音が出ていても不思議ではない。しかも、その音はスピーカーから出てる音をキャッチして振動しているから、そっくり同じ音を出しているのだ。
 客観的に見れば、これはサラウンドスピーカーを増設したのと同じ効果がある。スピーカー以外にも発音体が存在するわけだから、位相だって当然変わってくるだろう。

 ちなみに当店では、頭を刈っている人によってそれぞれ音に違いがある。音楽がよく鳴るお客様とあまり鳴らないお客様がいるわけで、いいなと思えばよく響くが、やかましいなと思ったら耳が閉じて鳴らなくなる。
 興味深いのが、難聴だと仰る方が店に入ってくると音が良いのである。おそらく「聴こう」という意識が働くため耳音響放射が起きているのだと思う。
 また、音楽のどの部分を聴いているか、主旋律を聴いているのか、伴奏のピアノの左手を聴いてるのか、ベースラインを聴いているのかなどが、浮き上がって聞こえてくることがあって、「こういう聴き方があるのか」と感心することがある。ジャズ喫茶ベイシーの菅原氏が「人物を透過した音」と称するのはこういうことなのだと想像する。

 イン・ザ・フロ

今日は朝からオンデマンドで唐沢寿明主演の映画「イン・ザ・ヒーロー」を観た。福士蒼汰が珍しくヒール役かと思いきや、中盤以降はいいヤツになって女性ファンの期待を裏切らない設定。脚本、演出とも秀逸な出来だが、気になったのが一点。福士くんが苛立って、妹と弟に「オレの邪魔をするな!」とキレるシーンで、ご丁寧に福士くんは幼い妹の目線までしゃがんで話すのだが、突き放す感情を持っているのに相手の目線に合わせるのは不自然だ。相手の目線になって話せないからこそキレるんじゃないか。とはいえ、なかなかスポットライトの当たらない裏方さんの夢と希望を描いた秀作で、涙目で観ながら昼飯のうどんを喉に詰まらせた。
午後から久しぶりにジョギングで極楽湯へ。今日こそ日焼けマシンで焼くぞーと思ったのだが、あまりにも天気が良かったので、露天風呂脇のデッキチェアで日光浴に切り替えた。そろそろ花粉症の季節も終わりだけれど、今年はずいぶんマシだった気が。毎年買うのど飴を今年は一度も買ってない。二度入っただけの日焼けマシンが花粉症に効いたかどうかは正直よく判らない。

 やっぱり大阪都構想は反対

 ここで政治の話をすると、やっぱりシラけるかなと思って黙っていたが、やっぱり大阪都構想は個人的に反対である。
 現在大阪市は人口266万以上の「政令指定都市」なので、都道府県に準じた権限を行使することが可能なのだが、これが大阪都になると、5つの区に分割された「特別区」になるために、われわれ現大阪市民は地域の発展計画を自分たちで決められなくなる、つまり現在大阪市以外の大阪府住民の意見を聞かなければいけなくなるということである。それは同時に大阪市の税収が、大阪市以外の地域に流れる(使われる)ことを意味する。
 また、「二重行政のムダをなくす」と言うが、行政を各区で行うとなると、小規模なりにコストはかさむので、導入するメリットはない。むしろ市民の負担が増えることを覚悟しなくてはいけないだろう。

 大阪市民は意外と保守的で見る目があるとは思っているのだが、一方で「なんとなく気分が変わったほうがおもろいやんか」と漠然とした気分屋も多いから油断はできない。6〜7年前に「チェンジ」とか「政権交代」とかやってみて、ひどい目に会うて懲りたやろ?よう考えや〜。

 歌島のご当地ヒーロー

 大阪に有名なジョン・コルトレーン研究家の方がいらっしゃる。いつも和服をお召しになって海外でも活動されているので”キモノマン”と呼ばれているそうだ。こうなったらわたしも頑張って”蝶ネクタイマン”いや、長いので”蝶マン”?”ボウタイマン”とか呼ばれるような立派な人物になりたいものである。なんか中途半端に強そうな名前だな( ̄▽ ̄;

 数年前に他所で散髪のボランティアをやることになって、普通は白衣とか着るべきところをいつものこの格好でチョキチョキしてたら、「まあ!こういう服って、普段から来てないとなかなか似合わないのよね〜」と同じボランティアの女性に言われた。普段から着てるからそこそこ似合ってるということなのか、それとも全然似合ってないということなのか?(^^;

 蝶ネクタイの選び方

 またまた蝶ネクタイを買ったので記念撮影。今度はジャガード織りのレジメンタルストライプ。いくら洋服が好きでも、自分の姿を撮影してブログにアップするナルシストみたいな真似は避けたいと思っていたが、だんだんとそれに近づいてきてる気がする(^^;
 蝶ネクタイは似合う人と似合わない人がいる。わたしは自分でそれほどバッチリ似合っているとも思わないのだが、選び方にはちょっとしたコツがあるのだ。

 蝶ネクタイで連想するのは、コメディアンとかピエロ。それに司会者、あるいは手品師のようにある種の可笑しさを強調する小道具として使われることが多い。近年ではダンディ坂野の蝶ネクタイが印象的だ。結論から言えば、彼やMasterのような背の低い男性が蝶ネクタイをすると、”とっちゃん坊や”みたいにコミカルに見える。結び目が大きければ大きいほどコミカル度が増すから、小柄な人が蝶ネクタイを選ぶときは結び目の小さなものを選ぶと失敗しにくい。わたしの母校の教頭先生の”蝶”も小柄な人だったが、蝶ネクタイはスーツと同系色の無地で細身のものをしていた。

 いくらダンディなジャズの聴ける理容室だからって、いつも陽気にダンディ坂野のような格好で仕事していいってわけじゃない。ときには失礼をして謝らないといけない場面も出てくるから、そのときに手品師みたいな格好では「ワレなめとんかい!」ということになりかねない。フォーマルでふざけてないように見えることが重要なのである。

 衝撃の新メニュー?

 今朝、理美容ディーラーから郵送された新製品ニュースを見てちょっと衝撃を受けたことをお話ししよう。「【新商品】サボテンノーズワックス 海外で人気の鼻毛脱毛をサロンで始めませんか?」と書いてある。何かな?と思ってよく読んでみると、次のようなことだ。
 冷えると固まる性質のワックス(ボンドみたいなもの??)をスティックの先に水飴のように巻きつけて鼻の穴に突っ込み約1分待つ。固まったところでスティックを引き抜くと鼻毛が根こそぎ抜けるという仕組み。
 これをサロンでメニュー化しろという提案なのである(^^;
 こんな罰ゲームみたいなメニューを誰がやるのかと思いつつ、ちょっとやってみたいような気もする( ̄▽ ̄;
 たとえば散髪料金プラス千円で鼻毛脱毛コースをやるとして、「俺もやってみようかな?!」という勇者が20人ほどあれば元は取れるのだが、スティックにワックスを塗って鼻に突っ込むまでは良いとしよう。問題は誰がその鼻毛を引きちぎるか、である。お客様自身で引きちぎってもらうのか、Masterが手加減なしでブチブチブチッとやるのがいいのか?そして、そんなことして鼻の穴の中が炎症を起こしたりしないのだろうか?いろいろ考えてたらなんだがワクワクしてしまったではないか(導入は未定です)。

 紫のかすみ by ジミ・ヘンドリ

 昔のミュージックビデオで、ジミ・ヘンドリックスの「紫のけむり」を「紫のかすみ」と表記してるのを目撃したことがある。また、ジミヘンデビュー当時のミュージックライフ誌にジミ・ヘンドリックス&エクスペリエンス三人の紹介記事が小さく出てたのだが、「ジミ・ヘンドリ」と堂々と書いてあり、ヘンドリって、ニワトリみたいやなぁとロック好きの友人と大笑いしたっけ(^^;

 さて、マイルス・デイヴィスがジミヘンと一緒に演りたかったという話は有名だけれど、中山康樹著「マイルス・デイヴィスとジミ・ヘンドリックス 風に消えたメアリー」によれば、マイルス(tp)、ジミヘン(g)、以外のメンバーとして、ドラムにトニー・ウィリアムス、それになんとベースをポール・マッカートニーに依頼したという電報が残っていたという。
 実現してたらすごいことだけれど、結果はご存知のとおり。すれ違いによりレコーディングは行われず、ジミヘンと演りたかったはずの当のマイルスは、トランペットにワウワウペダルを接続し自分がジミヘンになってしまう。そう、マイルスという人はフランク・シナトラに憧れたら憧れたで、シナトラと共演するよりも、自分がシナトラに成り代わりたいと思ってしまうタチなのであります。

 愛のように大胆に

 わたしがジャズを聴き始める前まで、もっとも多くの枚数を所有してたのがジミ・ヘンドリックスのレコードで、40枚近くあったと思う。ジャズなら一人のミュージシャンで40枚というのはザラだけれど、ロックやブルース、あるいはポップミュージックで40枚も出してるミュージシャンは当時は他になかった(今ならザ・ローリング・ストーンズが50枚ほどのアルバムをリリースしている)。
 しかし、ジミヘンが生きてるうちに公式に出たアルバムはわずか4枚ほど。他の三十数枚は死後に出たもので、後からスタジオミュージシャンがオーバーダビングしたものなど、かなり怪しげなものも多かった。中でもやはりデビューアルバムの『アー・ユー・エクスペリエンスト』とセカンドアルバムの『アクシス:ボールド・アズ・ラヴ』はじつに素晴らしかった。三枚目の『エレクトリック・レディ・ランド』では、A面3曲目「クロス・タウン・トラフィック」のイントロが聞こえてきた瞬間、スピーカーから1メートル後方へ”ぶっ飛んだ”。レコードを聴いて”ぶっ飛んだ”体験をしたのは、このときとレゲエ映画『ハーダー・ゼイ・カム』のサウンドトラック盤を聴いたときの二回だけである。残念ながらジャズでそういう体験はない。
 音楽ファンなら誰しも、自分の葬式でかけてほしい曲というのを一度は考えたことがあると思うのだが、わたしの場合は『アクシス:ボールド・アズ・ラヴ』の表題曲「ボールド・アズ・ラヴ」と高校生の頃から決めているのだ。

 風に消えたヤスキ

いま中山康樹著「マイルス・デイヴィスとジミ・ヘンドリックス 風に消えたメアリー」を読んでいるのだが、これがワクワクするほど面白い!緻密に調べ上げた記録と、氏の豊富な人脈から得た第一次情報、ジャズとロックの垣根を越えて大きく俯瞰した物語は圧巻である。ともすれば、過去の記録をこねくり回すだけで考古学的になってしまいがちだが、この本はそういったカビ臭さがなく、1969年の青春群像が鮮やかに蘇る。ジミヘンはもともと左利きでなかったが、左で弾いた方が望むサウンドが得られたからそうしたという話なんてじつに衝撃的ではないか。しかしひとつ疑問が。ジミがロンドンに出向き、アンディ・サマーズのテレキャスターを弾いてズート・マネーをノックアウトしたというくだり、アンディのギターは右利き用のはずだが、これを勝手に左用に弦を張り替えたのか、それとも右用でもジミは弾けたのか?問いかければナカヤマさんならしつこく検証して出してくるはずだが、今はもうそれも叶わない。

 蝶ネクタイの男


 今日の蝶ネクタイは、最初から結んだ形のできているワンタッチ式でなくて、自分で蝶々結びするタイプのものにしてみた。毎日している蝶ネクタイも、仕事とはいえなかなか照れくさいものである(^^;
 昔チラッと書いたような気もするが、わたしが通っていた高校の教頭先生がいつも必ず蝶ネクタイをしており、生徒からは「蝶」と呼ばれていた。小柄でスーツを着て朝礼のときにはいかめしい顔をして立っていた。特にその先生が好きだったわけでもカッコイイと思ったわけでもないのだが、それから10数年経って突然蝶ネクタイを制服にしようと決めたのは、やっぱり多少影響されていたのかもしれない。あの蝶ネクタイの教頭は、その後どうしているのかなあ。

 肉と交換

せっかく買ったミニ冷蔵庫はどうなったのかとご心配の読者も多いだろう。さっそくカウンター上の冷蔵庫が無くなったことに気づいた常連のお客様がいて、じつはかくかくしかじかでと事情を説明したら、ちょうど家を買ったばかりで、自分の部屋用にその冷蔵庫を譲ってくれないかと言われた。どうぞどうぞ、新居のお祝いに差し上げます。(音うるさいですから)お代は要りませんと言うと、それは申し訳ないから肉持ってくるわ(この方お肉屋さん)ということで、ミニ冷蔵庫は肉と交換してもらうことと相成った(^^;

 ジャズの正しい聴き方

 最近は自宅でよくジャズを聴くようになった。いや、聴くというよりかける、鳴らす?いっそ点けるといったほうがいいかもしれない。我が家の寝室にはJBLの名機S-3100が置いてあるのだが、もったいないことにほとんど鳴らしてない。理由は、仕事でさんざんジャズを聴いてるのに家に帰ってまで聴きたいと思わないからである(^^;
 リビングでは娘たちがジャニーズのDVDを大音量でかけているので、寝室に避難して読書に励む。音楽なしが理想だけれど、漏れ聞こえてくるジャニーズよりも、やはり小粋なジャズのほうが良いというわけで、iPadでYouTubeアプリを立ち上げて、ウイントン・ケリーやらビリー・ホリデイのプレイリストを選択、iPadの内蔵スピーカーで、もう蚊の鳴くような小音量で鳴らすのである。何を演奏してるか、わかるかわからないか。わからなくてもいいのである。ただ鳴ってるだけで。大音量でがっつり聴くというのはジャズの聴き方の王道だけれど、意外とこんなふうに細かいこと考えずにただ流しておくというのも気持ちいいものである。

 一万円のオーディオアクセサリー

 残念ながらミニ冷蔵庫のドリンクサービスはなくなったけれど、それとは別に冷蔵庫はある。ホットコーヒーでなく冷たいオレンジジュースやサイダー、緑茶など、グラスに注いでのサービスは継続しますので、どうぞお気軽にお申し付け下さい。
 いつもなら、使いもしないミニ冷蔵庫(一万円)を買ってしまって、無駄遣いしたなあ〜といって落ち込むところだけれど、店の音響が俄然よくなったので悔いはない。こんなによくなるんだから一万円のオーディオアクセサリーを買ったと思えば安いものではないか(^^;
 オーディオアクセサリーといえば、昨日でパワーリベラメンテ発売記念キャンペーンが終了した。しかし、注文が溜まりに溜まっており、お待ちのお客様にはたいへんご迷惑をおかけしております。ただいまメーカーで鋭意制作中ですので、申し訳ありませんが、到着まで今しばらくご辛抱願います。

 ミニ冷蔵庫サービス終了

 ミニ冷蔵庫が壊れた。これで2台目だ。知らない人のために説明すると、当店ではバーカウンターの上に小さな冷蔵庫を設置して、そのなかからジュースを勝手に出して飲んでいいことになっている。しょうがないのでまた3台目をネットで注文し、今朝届くというので壊れたミニ冷蔵庫をカウンターの上から撤去して到着を待つ。むむっ、むむむむっ、なんとなくそうではないかと予感があったが、ミニ冷蔵庫を撤去したらやけにオーディオの音が良いのである(^^;
 電源を入れても入れてなくても同じだから、電気的な問題でなく、店内の音響の問題なのだと思う。いや、これは聴かなかったことにしよう、そうしよう。すぐに新しいミニ冷蔵庫が来た。元の位置に置いて缶ジュースを補充してスイッチオン!ブゥゥ〜〜〜〜〜〜ンうわ〜〜〜ファンの音がうるさい!( ̄▽ ̄;
 先代の冷蔵庫よりも音がうるさいのだ。その前に良い音を聴いてるからよけいに気になる。2時間ほど我慢していたが、もう辛抱たまらん!!

 申し訳ないがミニ冷蔵庫サービス、終了しますっ!!! でも新品の冷蔵庫どうしよう?(^^;

 病気になる人ならない人

 花粉症になる人とならない人がいるように、薄毛になる人とならない人がいて、糖尿になる人ならない人、ガンに罹る人罹らない人がいる。じつに不思議である。
 お医者さんに、「何が原因でそういった病気になるんですか?」と訊いても教えてくれない。医者は患者を診て処方の仕方を決めるけれど、どうしたら予防できるかという問いには答えてくれないのである。
 それで病気が治るというのもすごいことだけれど、そもそもその病気を患者が作り出してるというのも考えてみればすごいことである。患者は自覚がないだけで、自分の身体に病気になるようなダメージを与え続けているのだろう。しかし、そのダメージの一端でも崩すことができたなら病気になんかならずに済むのではないか。それはおそらく日常のなかに潜んでいて、何気なくやっていることで実体化してくるんじゃないかといつもそんなふうに考えている。

 靴下の話

ソックスといえば、昔はサラリーマンの履いている黒っぽい薄手の靴下がオヤジ臭いといって若い女性から不評だった。昔の女友達で、スーツでも絶対白い靴下以外は認めない!と主張してた人がいた。正式にはやはり黒っぽい色の靴下が基本で、椅子に腰掛けて脚を組んでもすね毛が見えない長さが必要であり、ずり落ちないよう男性でもガーターベルトで吊っていたのだ。
一方、女性は冷え性な人だと寝る時まで靴下を履いて寝るようだが、水分が抜けにくいだけでなく、静電気も抜けにくいという考え方もある。さらに床と靴下が擦れて静電気が発生するから、寒いからといって靴下を手離せないというのもいかがなものか。

 くるぶしソックス

仕事が終わり、自宅に戻ってはあ〜やれやれと靴下を脱ぐ。真冬でも靴下は脱ぐ。
10年ほど前の体調を崩していたときに、身体の水分が抜けにくいためにいろんな方法を試してみた。そのなかのひとつがくるぶし丈のソックスだ。ヒントは日本古来の足袋である。ええかっこしいのわたしは「足元はガッチリしてるのが男らしいのだ」と厚手ソックスやブーツをよく履いていたが、これだと湿度が高い日本の気候では水分が抜けにくい。足首がスースー風通しの良い和装がやはり日本で暮らすには良いのである。それからというもの、冬でもスーツを着るときでもずっとくるぶしソックスを愛用している。

 キットカット抹茶味

 アジア人観光客が買う日本のお土産のなかでダントツ人気なのがネスレの「キットカット抹茶味」で、大量に購入してご近所に配ってるという。そんなに美味いのかと興味が湧いたので、昨日当店のお茶菓子コーナー(というほどのものでもないが)用に買ってきた。
 ちょっと昼食後のデザートに…と手を出したらこれが美味い!ついつい手が出て気がついたら一袋12個入りのが残り3個になっている( ̄▽ ̄;
 おかげでこのところ綿パジャマのおかげでよく眠れていたのが、今朝はひさしぶりに明け方ギンギンに目が冴えてしまったではないか。血圧が上がったのだろうか、毛が抜けないか心配である(^^;

 信じることは責任を取ること

 信じるとか信頼するということは、その結果に対し自らが責任を取るということだ。いっぽう信じないとか疑うというのは責任を取らないということだから、誰にでもできるし、然程値打ちのあることでもない。
 さらには、古く歴史があり、評価の固まったものを信じることはたやすいけれども、新しく出てきたものに対して、これは素晴らしいと評価を下すことはとても勇気の要ることだ。新しいものは古いものを認め研究し、それを下敷きにして出てくるが、古いものは自分たちの立場を脅かす新しく出てきたものを認めたがらない。
 しかし、人類が進歩していくためには、そのつど勇気をもって考えを改め、新しい優れたるものが古いものを刷新していくことがどうしても必要なのだ。ただし、目新しいことと正しいこと、優れていることは必ずしもイコールでないのは当然のことだ。

 鳴らないとは音量の大小ではない

 新しくオーディオ機器を導入して、うまく鳴らないとなると、それはエージングが足りないせいだとか、アッテネーターを調整すればいいとか言う人がいるけど、きのうの理屈で考えれば、そんなもん何百時間エージングしようが出ない音が出るようになるわけがない。出るべき音が出ないから鳴らないと言ってるわけで、それを出るようにするにはチューニング自体を変えてやる必要があるのだ。
 アッテネーターも同じことで、ツイーターやスコーカーから出る音量のバランスを変えたって出ないものは出ないのである。もし、アッテネーターに弦楽器の糸巻きみたいなペグが付いていて、巻き方を調整して微妙な音階をチューニングできるのなら話は別だが、音の大小が変わるだけならそれで鳴らそうなんてどだい無理な話である。

 トランペットで出ない音

 マイルス・デイヴィスの『アット・フィルモア』では、マイルスがトランペットのマウスピースだけで吹く音が入っている。その後マイルスはマウスピースだけで吹くことはしなくなったから、たいして効果的ではないと判断したのだろう。
 それはともかく、トランペットをはじめとする金管楽器は面白い仕組みになっていて、マウスピースに唇をくっつけてブーとやるそのブーの音程の高さで音階をコントロールする。マウスピースだけで吹いても音は出て、器用な人なら本体に差さなくてもマウスピースだけで曲を演奏できる。面白いのはここからだ。マウスピースだけならどんな音の高さでも出せるのに、それをトランペットの本体につけた瞬間から出てくる音階に制限がかかるのだ。唇のブーの音程に管が共鳴する高さの音階しか出なくなるのである。そしてバルブの開け閉めでブーに共鳴する音階の組み合わせを変えて曲を演奏することが可能になる。
 しかし、マウスピースだけなら自由自在に出せた、たとえばドの1/7高い音とかレの1/9低い音(そんなのが音楽に必要なのかどうかわからんが)が正当なチューニングがなされたトランペット奏法では出なくなる。オーディオが曲のジャンルによって「鳴らない」ケースは、きっとそれと同じ理屈なんだろう。

 トレードマークの蝶ネクタイ

 薄毛予防のための静電気対策の一環として、トレードマークの蝶ネクタイをシルク100%製のものに替えた。パッと見て今までのポリエステル製とどこが違うのかという感じであるが、よ〜く見ると剣先が左右非対称なのだ。薄毛にしても花粉症対策にしても、深刻にならずこうやってああでもないこうでもないと考えるのがけっこう楽しいのである。
 蝶ネクタイなんて皆さんは七五三か結婚式でもないと買うことはないだろうけど、千円の蝶ネクタイよりも意外と百円均一の蝶ネクタイのほうがパリッとしてて見栄えがよかったりすることがある。おそらく4〜5千円出しても当たり外れはあるだろう。今回のはシルク製なのに激安の800円でしっかりしてる。これは当たりだ。

 忘れた頃に生えてくる

 薄毛予防のための静電気対策を始めて早2ヶ月、やっぱり寝間着を綿素材に替えたくらいで髪の毛が増えるわけないかと一旦は諦めかけたわたしだが、今朝鏡を見ると、ややっ?やややややっ?(なぜか平安調)生え際に何本か短い毛が見えるではないか。先月まではなかった現象だ。これは長い毛が途中で切れたのか、それともいよいよ新たな毛が生え始めているのか??( ̄▽ ̄;

 憂歌団のレコード

 憂歌団のアナログレコードがあったな、と思い出して久しぶりに聴いてみた。たしか弟が高校生のときに買ったレコードだったと思う。わたしの友人にも憂歌団のファンがいたが、わたしはイマイチかっこよくないと思って敬遠していた。
 初老に差しかかり、かっこよくなくなった今聴いてみると憂歌団の歌がぐっと心に沁みてくる。
 だが、いかんなあ〜、これは。たまに聴くならいいけれど、毎日聴いてると人間がだめになってしまう。憂歌団の歌詞は、日雇い労働者かホームレスかといった人々の悲哀についてのものが多いのだ。ボロ雑巾みたいな俺だけど楽しくやってるぜ的な開き直りが感じられる。ボロ雑巾のままでいい人は勝手にすればいいけれど、それで諦めたらおしまいだ。いまに見てろよ、絶対に復活してやるぞ!という意気込みが欲しいのだ。まあ少なくとも高校生の聴く歌じゃあないわな(^^;
 憂歌団の好きだった弟は、おかげさまでホームレスにもならず立派に実家の理容室を継いでいる。あちらは朝日新聞をとってるけれど

 一穴一本

 誰が言い出したのか知らないが、たまに「一つの毛穴から何本も髪の毛が生えている」と言ってる人を見かける。「毛穴から一本しか生えてないから薄毛なのだ」と。
 いや、プロの立場から言わせてもらいますけど、髪の毛というのはだいたい一つの毛穴から一本だけ生えるものでしょう。たまにすごく毛深い人で、それこそ毛穴から何本も生えてる人もいなくはないけれど、原則一穴につき一本である。でないと刈り上げとか角刈りとかして、あんなにきれいに面が揃うわけがない。いい加減なこと言うんじゃないよ、まったく。

 職場がアースな場合は?

 当店常連のお客様が最近薄毛で困っていると仰るので、静電気と薄毛の関係について調べていると説明したら、なんとお客様の職場では導電性の作業着と鉄板の入った安全靴、それに電気を逃がす素材の床でアーシングを行い、静電気発生による発火や爆発を予防しているらしい。それなのに薄毛が治らないのは静電気予防は効果がないということなのか(^^;
 しかし、わたしと同じくフリースのパジャマを寝間着にしていて、夜中によく目が覚めると仰ってたから、パジャマを綿100%に替えることでまだ改善の余地はある。ちなみにこの方、肩がまったくこらないのでいつもカットのあとのマッサージは不要。腰痛もないそうだから静電気アースが肩こりや腰痛に効いているのかもしれない。

 気分を変えて

 春は人々の気分が変わりやすい。冬の間は大過なくやり過ごしたい気持ちが勝つのか、なるべく変化のない保守的な生活を望みがちなのが、暖かくなると開放的になって何か変わったことをしてみたくなるのである。まあ早い話が行きつけの床屋を変えてみるなんてことが起きるのも春先の特徴だ(^^;
 いつも来てたお客様が突然来なくなるかわりに、他所に行ってた新しいお客様が当店に来るようになり、その年にもよるが約1割程度の顧客が入れ替わる。もちろん転勤その他で移動するために店を変わらざるを得ないケースもその中に含む。
 他所に客が逃げずに新規客が増えれば売り上げアップするのにといつも思うけれど、一定の移動が起きるのは客商売の宿命みたいなもので、顧客になれば絶対に一生続けて来てくれる、というわけでもないのである。そうかと思えば永らく来てなかった顧客がまた来てくれるようになったりで、春はいろいろと変わったことが起こる(笑)

 ウソは苦手

 毎年4月1日には何か気の利いたウソをついてやろうと考えるのだが、ウソのつけない性分だからどうも良いのが思いつかない。ブラックな冗談なら思いつくけど、それを言ったらちょっとシャレにならんやろというようなきわどいのばかりである(^^;
 そういえば昔、クリックするとJAVAスクリプトでブラウザのウインドウが勝手に大きくなったり小さくなったりするというイタズラを仕掛けたら、仕事で使ってるパソコンのウインドウが小さくなったきり直らなくなったではないかと苦情のメールが来て冷や汗をかいた。どんな人が見てるかわからない。みなさんもイタズラはほどほどにしましょうね( ̄▽ ̄;

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