つけ麺を食す

 昼ごはんがない。じゃあ娘と家内の三人で食べに行くかと検索したら、近所のつけ麺の店、「麺屋 雀」を見つけた。じつはつけ麺って食べたことがないのだ。
 食券を買うシステムで、ほとんどカウンター席だが奥の座敷が空いてたので、そこに案内された。その際段差で脛をしたたか強打してしまった(どうでもいいが)。
 麺の量が200、300、400グラムと選べて、ポイントはどれを選んでも同料金というところ。迷わず400グラムを注文したら、結構な量が山盛りで出てきた。うどんのような太麺。これは小、中、大というよりも、並盛り、大盛り、特盛りという感じ。さらに最後の〆にちょい飯というのがつくのだが、食いしんぼうのわたしもお腹いっぱいで頼めず。つけ麺と辛つけ麺(x2辛)をシェアしてどちらも美味しく、残ったつけ汁もだし汁で薄めて飲み干した。痩せる気あんのか?(^^;

 一流の演奏家はどのように聴衆を自分たちの世界に引き込むのか

 一流の演奏家はどのように聴衆を自分たちの世界に引き込むのか。その格好の例がケニー・バロン・トリオの『ライブ・アット・ブラッドリーズ』に収められている。
 演奏前の散漫な空気を感知して、ごにょごにょとピアノをこねくり回すように弾き始めるケニー。そろそろ始めるよという合図なのだろう。注意が一点に集まってきたところでベースとドラムがさりげなく入ってくる。ドカンとやらず、このさりげなさがいいのである。古式ゆかしいスタンダードの「エヴリバデイ・ラヴズ・マイ・ベイビー」のメロディが小粋にスウィングする。見せ場はベン・ライリーのドラムソロ。ブラシを使い、会話するように張りつめた革を撫で摩る。ここまで来たら聴衆はもう演奏に釘付けだ。テーマに戻ると思わず素晴らしさにため息が出る。
 当店でもこんなふうに導入部はさりげなく寄り添い、しっかりと音楽を聴かせて楽しんでもらいたいのだが、オーディオでこれをやろうとすると、なかなかうまくいかないものである。ただ、音楽はコミュニケーションであるから、良い演奏を聴かせれば必ず誰もが感動するというわけではない。伝達の手段は思ってるよりも大切だぞと言いたいのである。

 中間報告

 もう今年も半分終わりである。今年に入って読了した本80冊、去年読んだ157冊とほぼ同じペースだが、今年は年内に200冊が目標だから半年でこれだと少し遅れぎみ。これからがたいへんだ。ただでさえ夏場は暑くて読む気がしないのに(^^;
 観た映画は68本。これは目標があるわけでもなくついでに記録してるだけ。記録してもしなくても同じくらい観てるような気もする。CDは…、ここからは秘密である(笑)
 5キロ痩せると宣言した体重は2キロ減った。なかなか痩せず焦ったが、甘いものを控えたら効果てきめんであった。そういえばちょうど10年前にも甘いもの断ちをした。もともと甘党なので結構つらい。しかも本日お客様にバウムクーヘンのお土産をもらってしまったのだ!今日は食べます。すみません(^^;

 オートマチックでは感動しない

  両手を耳に当てて聴いてみるとよくわかるが、オーディオの音といっても直接聴いてるのは五割程度で、あと残り半分は室内で反射した音を聴いてるのである。当店など、スピーカーユニットの見えない位置で仕事しているから、もうほとんど直接音は聴いておらず、部屋のどこかに当たって反響した音ばかり聴いているといってもいいくらい。それでも、変な音がするときはちゃんと変な反響音になるから適当でいいわけではないのだ。
 過去、すごい音を聴かせてやるぞと腕に覚えのあるオーディオの達人が何人も道場破り(?)にやってきたが、みな思ったような音が出ず、こんなはずではなかったのにと唇を噛んだ。当店の反響をあまく見たせいである。
 一流の演奏家なら部屋の音響などものともせずに良い演奏を聴かせるはずという意見に異論はない。ただし一流の演奏家は状況を把握して演奏の方法を変えることができるから一流なのである。良い音のオーディオならどんな状況に置かれても良い音で鳴るというわけではない。自動的に音楽を流せば自動的に人間が感動するなんて思ったら大間違いなのである。何を隠そうわたしも勝手にお客が聴いて感動してくれたら楽でいいと思っていたクチなのであるが(^^;

 パワーは最小限に

 これからの季節、店でいちばん気を使うのが室内の温度である。暑すぎてはいけないし冷えすぎてもいけない。エアコンに頼ると空気が乾燥して喉がイガイガしてくる。空気が乾燥しすぎるとカミソリの切れ味が悪くなり、オーディオの音もよくないのだが、そんなことよりも何よりもまず温度調節に神経を使う。
 お客様一人一人体温の高い人もいれば低い人もいる。冷え性でトイレが近くなったり、おなかを壊しやすい人もいる。刈布をかけると喉元から下に体温が溜まって、いつのまにか汗だくになってるのを見て、こちらもどっと冷や汗をかく。せっかく快適に散髪してもらおうと思ったのに、行ってみたら暑くて汗をかいて、おまけに風邪をひいてしまったとあっては申し訳ない。できるだけまめに温度を上げたり下げたり、サーキュレーターで風を循環させてみたりもしてるのだが、快適さを保つのはほんとうにたいへんである(^^;
 補助的に観葉植物を外に出したり中に入れたりもする。植物の蒸散効果もなかなかばかにできないもので、よく晴れた日はサーッと温度が下がって快適になるが、陽が傾いてくると蒸散をやめて途端に蒸し暑くなったりもする。
 できればエアコンを使うのは最小限に留めたい。エアコンで冷えた空気は乾燥してあまり快適でないからだ。オーディオの音量調整もこれに通じるところがあって、電気的に増幅するよりもアコースティックに音を大きくなる工夫をするほうが良い音になるのである。これも空気が乾燥してると音が響かず小さくなるが、お客様がリラックスしてくると音が大きく豊かに響くようになるから、いったい何が効いてるんだかよくわからなくなる(笑)

 テキサス親父と百田尚樹がテキサス☆ナイトで一悶着

 きのう梅田のブリーゼ(旧サンケイホール)にテキサス親父ことトニー・マラーノ氏と作家の百田尚樹氏が出演するときいて、ちょっくら出かけてきた。双方とも言わずと知れた保守の論客。客もほとんど保守層だろう。従軍慰安婦問題をはじめとする中韓の暴挙に対して反対意見を述べ「そうだそうだー!」と盛り上がって、スカッとして終わるのかと思いきや、ちょっと意外な展開になったのである。

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 Masterが好きなシルヴァーの名曲

ホレス・シルヴァーの大ファンだという人にあまりお目にかかったことがない。ジャズメッセンジャーズなんかより10倍良いのに。おや、今のは調子に乗って言い過ぎた。しかし女性ジャズファンの評価は高く、要するに男性に聴く耳がないということか。
シルヴァーの名曲数あれど、もっとも好きなのが『ファザー・エクスプロレイションズ』の「ムーン・レイズ」。わたしはこの曲を地下鉄に乗りながら聴いていた。なんで地下鉄に乗ってたのか思い出せないが、カセットのウォークマンだった。幻想的なテーマの向こうで変拍子のリズムを刻むハイハット。一転して行進曲のように勇ましく、後半のセカンドテーマで大いに盛り上がる。通常のイントロ的なテーマメロディだけでなく、もうひとつアンサンブルで書かれた魅力的なメロディを用意するのがシルヴァーの憎いところ。
外套を着て微笑むシルヴァーのジャケットもカッコイイ!演奏は大事だが、それ以前にジャズのジャケットは絶対にカッコ良くなくてはいけないのである。

 ハンマーの左手

 ホレス・シルヴァーのピアノスタイルは、「ホーンのような右手とハンマーのような左手」と形容された。トランペットがブルー・ミッチェル、テナーがジュニア・クックのフロントラインで固定した頃がクインテットの黄金期で、ハンマーのような左手もこの時代に登場する。ソロになると低音弦をゴロゴロと転がして、独特のアクセントを加えたのである。音楽を演奏する際に、低い音で和音を出すと音が濁るから普通はこのような弾き方をしないものだが、シルヴァーはあえてこの濁った低音を使って個性的なピアノスタイルを打ち出した。本日はシルヴァー追悼特集。いまJimmyJazzでは『ドゥーイン・ザ・シング』が流れている。うーむ、まさにハンマーのような左手。室伏選手も真っ青である。

 チャンスの前髪

 6月18日、ジャズ・ピアニストのホレス・シルヴァーが逝去した。享年85歳。シルヴァーといえば、アート・ブレイキーと並ぶブルーノートの看板アーティストで、わたしがジャズの楽しさに開眼したのもシルヴァー・クインテットの諸作。前髪を振り乱して弾くファンキーなピアノと彼が作曲したエキゾチックな名曲の数々に心躍らせたものだった。しかし御大シルヴァーにも当然のことながら下積み時代はあった。
 1952年、アルトサックス奏者ルー・ドナルドソンのレコーディングのためにスタジオに来ていたシルヴァーだが、約束の時間になってもなぜかドナルドソンが姿を見せない。ブルーノートのプロデューサー、アルフレッド・ライオンがシルヴァーのリーダー作のレコーディングを咄嗟に思いつく。「ホレス、新曲はあるかい?」 ああ、あるとも!ほら、こんなに!ホレス・シルヴァーの初リーダー作はこうして録音された。
 わたしはこのエピソードを聞いて、「チャンスの神様は前髪があって後ろ髪がない。前からやって来たときに前髪を掴まないとチャンスは通り過ぎてしまう」という喩え話を思い出した。来るべきときのために、着々と準備をすすめていた者だけにチャンスは訪れる。何の準備もしていない者には、それがチャンスであるかどうかさえわからないものなのだ。
 アフリカ系黒人の髪は縮れて垂れたりしないのが普通だが、シルヴァーにはまっすぐな前髪を振り乱した写真が多い。もしかしたらシルヴァーこそがチャンスの神様だったのかもしれない。

 Masterが怒られた

 JimmyJazzも25年以上やってるが、店内で大の大人が怒りをあらわにしたことは数えるほどしかない。特に男性は気分を害しても怒ったりせず、たいてい距離を置いたり寄り付かなくなったりするだけである。そんななかで本日はMasterが怒られた話をいくつかご紹介したい。いつもエラソーな口調で生意気なMasterなので、ざまあみろと溜飲を下げて頂ければと思う。

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 KISS泥棒

 少し前にこんなニュースがあった。女性が理髪店で顔そりをしてもらってると、毎回唇にへんな感触を感じる。おかしいなと思い、自分の顔そりの様子をこっそりビデオ撮影してみたら、なんと顔をそってくれてるその理容師がキッスしていたというのである。なんなんだこのニュース(^^;
 残念ながら当店には思わず唇を奪いたくなるような妙齢の女性は来ないから、キッス泥棒で当店が営業停止を食らうことはおそらくないと思う。
 さて、キッスこそしないが、じつはわたしも顔そりの間お客様に内緒でひそかに行ってることがある。ほらほら、やっぱり?!( ̄▽ ̄;
 いや、そうではなくて、カットしたあとの左右のもみあげの長さや、寝かせたときに髪が自然な状態で落下する様子をチェックしているのである。これらは普通に座った状態ではなかなかわからない重要なポイントなのである。だから「今日は顔そりはしなくていいです」とか言われると、ほんの少し自信がゆらぐ。

 そのオーディオでは早死にする?!

 育毛と健康は切り離せない関係にあるので、健康法やダイエット本はけっこう読む。近頃ブラウン管…いや液晶画面を賑わしている南雲吉則著「「空腹」が人を健康にする-『一日一食』で20歳若返る!」と、そのカウンター本ともいうべき高須克弥著「その健康法では「早死に」する! -これが高須式〈若返る〉食べ方・生き方」を読む。片や一日一食丸ごと食べろ、此方一日三食バランスよく食べろ。一日二食の中途半端なわたしも野次馬根性でニヤニヤしながら読ませてもらった。感想はインパクトで南雲先生ややリードといったところか。
 結局のところ、こういう健康法本の読者は自分の健康状態がどうであるか判断できないから、先生に「ああしなさいこうしなさい」と言ってほしいのではないか。栄養失調なら食べたほうがいいし、肥満傾向ならカロリーを控えたほうがいいというその判断がつきかねているのではないだろうか。誰からの助言も拒むという強情者では困るが、シャンプーも毎日するのかしないのか、自分の身体とよく相談してどうするのか決めるのがいちばんではないかと思う。オーディオマニアも音を聴けばおかしいかどうかわかるはずだが、これができない人がじつはけっこう多い。

 2時間にもわたる音楽地獄

 趣味の世界はのめり込むとどんどん神経が鋭敏になっていくから、ちょっとのことがとんでもなく気になったり不快に感じることがある。傍目から見れば、そんなのどうでもいいジャンというようなことが、もう嫌で嫌でたまらなかったり、逆に感動で涙が止まらなかったり。感動のほうはたまにしかないが、不快なこともたまにある。
 イギリスの学校では、トラブルを起こす生徒の更生にクラシック音楽を使って成果をあげているという。クラシックを聞かせると性格が素直で温厚になる?と思いきや、「2時間にもわたる音楽地獄」を「もう二度と味わいたくない」と感じ、居残り罰を受ける生徒数が半減したらしい。クラシックファンの生徒なら余裕だと思うのだが、もしかするとよっぽど音が悪かったのかもしれない。クラシック音楽を聴かせたところ不良生徒の数が半減…でもその理由は

 頭皮の汚れが薄毛の原因というのは本当なのか

 あるテレビ番組で、薄毛をトレードマークにしている某タレントの頭皮チェックをやっていた。マイクロスコープを使って髪の根元の状態が映し出される。その画面を見た育毛クリニックの先生が「あっ、とてもきれいですね!」と意外そうに仰ったのである。テレビ的には「汚れや脂で頭皮の状態がよくありません」と薄毛の原因を特定するのが定石なのだろう。じゃあ、その薄毛タレントは頭皮がとてもきれいなのに、どうして毛が増えないのだろう??脂や汚れを徹底的に取り除くことは、ほんとうに発毛につながるのだろうか?
 もしこれが髪の毛じゃなくて植物の苗だったらどうだろう?消毒された清潔なプールと泥だらけの田んぼとでは、どちらの苗がよく育ちそうか?科学的根拠のない喩えで申し訳ないのだが。

 今宵教ヘテ

 「今宵教えて Teach me tonight」という旧いスタンダード曲があるけれど、男性というものは基本的に教えたがりである。頼んでもいないのに教えてまわるほど教育熱心な方もいるけれど、わたしは例外で教えるのが苦手、職人の世界は「見て覚えろ」が基本なのだ。面倒くさがりなので「教え方が雑!」とよく言われる。それでもやっぱり「教えてください」と言われて悪い気はしない。しかも麗しい女性から「今夜」と日時指定までされたら誰だってスキップしてしまうに違いない。http://youtu.be/PSpII70gbH0
 この教えて商法(?)が'60年代後半に別の形で音楽シーンに登場する。アストラッド・ジルベルトだ。たどたどしい英語で唄うヘタウマの元祖。遠い異国からやってきたエキゾチックな少女、右も左もわからぬ彼女に手を差し伸べるのは平凡なアメリカ人である。ポルトガル語は知らなくても自国語ならばお手の物。教えて教えて、もう教え放題。米国男性のハートを鷲掴みにした彼女は、今度は日本にやってきて、たどたどしい日本語で唄う。セルジオ・メンデスの「マシュ・ケ・ナダ」。さすがに日本語はないだろうと思ったら、これが意外と悪くない。日本男児もよ〜し俺が教えてやろうと、まんまとレコード買わされたのであった。http://youtu.be/6VCYsaJx05Y

 ハゲ散らかしてスミマセン

 ハゲ散らかすなんて言葉、昔はなかったと思うのだが、お客さんが自虐的に「ハゲ散らかしてスミマセン」と仰ってるのを聞いて、なるほどよくできた言葉だと納得してしまった。ハゲの一歩手前のいわゆる薄毛の状態になると、髪が密集してるところとそうでないところができてくるため、ちょっと伸びると髪がまとまらなくなる。文字通りハゲ散らかってしまうのである(^^;
 わたしは二ヶ月ほど前から毎日シャンプーをやめて、二日に一回はお湯だけシャンプーに切り替えたところ、じわじわと効果が出てきて多少髪を伸ばしてもハゲ散らかすことがなくなった。わたしがうるさく薦めるので半信半疑で実践してみた人も心無しか髪に勢いが増し、自信で毛穴だけでなく鼻の穴まで開いているようである。このお湯だけシャンプー法、引き続き経過を見てまたご報告したい。

 時計はいずこに

 テーブル真下の床に照射したプロジェクタークロック。秒針がカチカチと動いてるのを発見したお客さんが、どこに時計があるのだろうと不思議そうに真上のアルコランプの傘を覗き込む。ちょちょ、そことちゃうねん。こっちやねん。スピーカーの間の棚で青く光ってるのがプロジェクタークロック本体で、ここから鏡で反射させているのだ。壁に投影してたときよりもウケがよく、何人も同じことをするのが面白い。
プロジェクタークロック

 やってはいけないこきおろし商法

 ある育毛に関する本を読んでいると、「XXXXXの入ってるシャンプーは危険」と書いてあるではないか。むむっと慌てて当店のシャンプーボトルの裏の成分表示を確認すると、まさに「XXXXX」の文字が。さらに読み進めてみると「△△△△△△も危ない」と書いてある。おお、△△△△△△も入ってるぞ、大丈夫なのか!?と、今度は「石けんで洗うのもNG」ですと!大手発毛専門クリニックをこきおろし、あれもダメ、これもダメと斬りまくったあげく、じゃあどうすればいいのかというと、当クリニックでカツラにしなさいだと!ゴルァー!?ええかげんにせんかい!!"o(▼皿▼メ;)o”
 オーディオでも、やたら他社製品の悪口を言って売ろうとするところがあるけれど、そういうのはいけません。また、他店の悪口ばかり言う理髪店や美容室も信用してはいけません。相対的に他所を下げて自分の位置を上げようとする根性が気に食わない。本当に自信があるなら、「あそこはホントにスゴい!(でも、ウチのはもっとスゴい!)」くらいのことを言ってはどうか。そのほうがずっと爽やかやろ?なっ?

 マンボはジャズに入りますか

 ジャズの聴ける理容室というからには、BGMはジャズでなくてはいけないはずだが、どこからどこまでをジャズと定義するか、つまり当店でかけていいかどうかで日々悩んでいるのである。絶対に'50年代の4ビートしかかけないと決められたら潔いけれども、’70年以降の電化マイルスをかけないのはどうかとも思う。じゃあウェザー・リポートやリターン・トゥ・フォーエバー等のフュージョンはいいのか?ジョージ・ベンソンは?クインシー・ジョーンズは?マイケル・ジャクソンは??
 アコースティックなものでは、ボサノヴァはいいとしてもサンバはジャズといえるのか。マンボの王様ペレス・プラードはビッグバンドとしてOKか?
 さてここに、『和ジャズ PLAYS 民謡』という、これまたややこしいCDがある。原信夫とシャープス&フラッツの「ソーラン節」、中村八大モダンジャズトリオの「おこさ節」といった民謡をジャズにアレンジしたオムニバス盤。時代劇のテーマになりそうな色物臭プンプン。しかしアナログ全盛時代の日本コロムビア、録音の良さと演奏の良さとで捨てがたい。民謡とバレなければJimmyJazzでかけても何の問題もないはずだ。「ハァ〜、ヤッショーマカショー!」の合いの手でバレないかとヒヤヒヤする。たぶんとっくにバレとるがな(^^;

 ジャズファンのジレンマ

 初心者は自分が本当にジャズをわかっているかどうか不安なのだろう。たまに絡まれることがある。断っておくがわたしはジャズのすべてを理解してるとも思ってないし、まだわからない部分があるからこそ何度も何度も繰り返し同じレコードを聴いてるのである。そんなわたしに対してジャズ議論をふっかけてくるのだからたまったものじゃない。そんな人に限って真面目に知識を詰め込んでいて、ジャズメンの生年月日とか、ブルーノートの1500番台は誰のなんというレコードか全部暗記してたりするのである(^^;
 「へえ、すごいですね」とでも言って、ほっておけばそれ以上ややこしくなることもないのだが、しつこい人もなかには居て、ああだこうだと言ってくる。頼むから自分ひとりでやってほしい。自分が良いと思ってるなら、他人の聴き方にいちいちケチをつけなくてもいいではないか。「ジャズをわかってる人」というのはただの幻想で、よくわからないけどジャズが好きというのがジャズファンの実態なのだ。わたしなんか倒したところで免許皆伝とはならないぞ。

 JAZZはええかっこしいの道具か

ジャズをよく理解してる人かそうでない初心者かを見分けるのに、音楽的な難しい議論など必要ない。一発でわかるとっておきの判別法があるのだ。そんなもん見りゃわかる?それは昨日言った(笑) 見るだけでもある程度はわかるが、もっと確実に分かるポイントは、ジャズをええかっこしいの道具として使ってるかどうか、である。
どういうわけか、ジャズを聴いてるとカッコ良くて大人っぽいとかなんとなく尊敬されるとか女性にモテるとか、妙な誤解をしている初心者が後を絶たない。それが本当ならわたしなんかモッテモテでいまごろたいへんなことになっているはずだが、そういったことが一切ないのは何十年やってきて明白である。逆に「JAZZというものは」なんて口にするのは恥ずかしくってしょうがない。ところが初心者のうちはこれをついやってしまう。イタい行為でちょっと微笑ましい。JAZZをええかっこしいの道具として使えるのは初心者だけに許された特権なのである。

 JAZZで唇を飾れ

 さきほど午後4時30分やっと昼食にありついた。朝は食べない主義なのでおよそ20時間ぶりの食事である。さほど忙しくないのに少しタイミングを逃すと昼食の時間が取れなくなる。昼飯抜きで仕事してる なーんていうと、なんだかすごい繁盛店みたいで気分がいいではないか(^^;
 さて、当店はジャズマニアのお客ばかりで混雑していると思われがちだが、固定客の約9割はジャズを聴かない人、つまりジャズファンでない人たちで占められている。なぜそんなことがわかるのか?そんなもん見りゃわかる(笑)ジャズに詳しくないけれども雰囲気が好きでなんとなく来ているという人がほとんどだと思うが、これが狙ったとおりの正常な割合。ジャズが好きで好きでたまらんような人ばかりだと疲れて困るではないか。もともとが気取った雰囲気のある音楽だから、そういうジャズに詳しくないお客さんが「オレの行ってる床屋はジャズばっかりかかっててさあ…」とか、ジャズというコトバを口にすることでちょっと特別な気分になってくれたらいい。JimmyJazzという店名にはそういう意図が折り込み済みなのである。

 感動の対価

 感激したからって誰もが必ず大金を使うってわけじゃないだろう。金を使わずに節約して愉しむ生き方というのもアリなんじゃないか?ごもっとも。しかし例えばヒッチハイクで全国縦断の旅に出ると思い立ったにしても、その間仕事を休まなくてはいけないだろうし、やはり何らかの代償は発生するから結果的にけっこうな金額を使うことになってしまう。大事なのは、それだけの代償を支払っても手に入れたいものを発見したかどうかなのだ。
 さて当店では、リベラメンテというオーディオケーブルを販売している。最低でも1セット2〜3万円はするから一般の人から見たら「暴利をむさぼりやがって」みたいに見えるかもしれない(^^;
 しかし、このケーブルがよく売れるのだ。それもほとんどの人がリピーターになるからすごい。半信半疑で買ってみたら素晴らしく良い音がするので、もう1セット、もう2セット、在庫切れになってるじゃないか!いつ入荷するんだ?ええいまとめてもう2セットちょうだい!と、ひとりで信じられない数を購入される方が少なくない。こうなったら不況だデフレだ等という世の中とは別の異次元空間で売れているみたいな感覚だ。人は感動すると、金を惜しまないどころか喜んで金を使うのだ。

 男子三日会わざれば刮目して見よ

 とにかく、人は深く感動すると必ず行動パターンに何か変化が生じる。今までしたことのない挙動不審な行動に出るのだが、これを見るのが面白い。特にオーディオの世界でよくあるのだ。今までまったくオーディオに興味のなかった人が、あっという間に何百万もするハイエンドオーディオ一式を揃えたり、オーディオ専用に家を建ててみたり、逆にハイエンド一式を売り払って安いのに替えてみたり。いきなり空間がねじ曲がったような異常な行動を見ることができるのもオーディオの楽しみのひとつ(?)。人間の感動力とはなんとも偉大なものである。逆に言うなら、何も行動に変化がないのはたいしたことない。スゴい!感動した!といってもカッコだけ、口だけで、所詮その程度のものなのだ。本当に感動すると、人間びっくりするくらい変わる。男子三日会わざれば刮目して見よというではないか。

 行動パターンが変化する

 ウォークマンの登場は画期的だった。歩きながら、電車に乗りながら音楽が聴ける。さらにメモリー型のウォークマンやiPodの出現で、走りながらでも音楽が聴けるようになったからすごい。地味で孤独だったランニングも、退屈することなく楽しんでできるようになった。応募が殺到する東京マラソンや大阪マラソンのブームを下支えしてるのはこれら携帯音楽プレーヤーと見て間違いなさそうだ。
 行動パターンがガラリと変化する、それが真に優れた商品やサービスの特徴である。高級オーディオを買って音楽を聴くために会社から早く帰宅するようになる。チャーリー・パーカーを聴いてショックを受け、音源のコンプリートコレクションを目指す。JimmyJazz blogを読んでジャズが聴きたくなる。ジャズを聴くとなぜか散髪したくなる。散髪をすると遊びに出かけたくなる、なんて具合だ。あれ?なんか地味だな(^^;

 客になるのがヘタな人

 わたしがライヴに行くのが苦手な理由のひとつに、妙に気を遣ってしまう性格がある。職業柄、どうしても店側の気持ちを考えてしまうのだ。スタッフが元気よく「いらっしゃいませ!」「いらっしゃいませ!」とやってると、つられて「いらっ…」と声が出てしまうこともある(^^;
 曲が終わると拍手をするが、どの位の強さでどの程度拍手するべきなのか、感動したぶん拍手をすればいいのだが、ついサービスで多めに拍手しとこうとか、途中で席を立ったらがっかりされないかとか変なことを考えて疲れてしまうのである。そういうことを考えなくてもいいような大ホールになると、P.A.の音の悪さが気になったりして何かと難しい。気を遣わずにリラックスして楽しめるコンサートというのになかなか当たらないのだ。
 散髪のお客様でも、営業の人などサービス精神旺盛な方がいらっしゃると、面白い話をバンバンしてくださるのだが、あまり喋らせるとリラックスできないのだろう次回から来なくなるというパターンもある。サービス業の人間が上手にお客として振る舞うのは意外と難しいのだ。

 兵を食わせてこそ英雄だ

 エセーとは、有名人か少なくとも人々が羨むような暮らしをしている人が書かないと面白くない。床屋の主人がどこにでもある日常を気取って書いたところでそうそう様にはならない。お前が晩飯に何を食おうがそんなの知ったこっちゃねーよ!てなもんである(^^;
 さて、娘が初のアルバイト代を支給されたそうで、昨晩は回転寿司をごちそうになった。自分の子供にごちそうしてもらうのは初めての経験。ありがたくもあり、今まで一方的に食わせていたのが食わされる立場になるというのがいささかショックでもあった。「もっと食べていいよ」と言われても、なんとなく遠慮して箸を置いてしまう。やはりいつまでも親でいたいのだ。子供になんか食わされてたまるか。死ぬまで働き続けて自分の食い扶持くらい稼いでやるぞと固く心に誓った。

 ジャズはライヴに限りますか?

 ライヴ盤があまり得意でない。演奏者と自分との間に観客が介在することによって、自由に想像を巡らせることが制限されるからである。むかし日本橋のオーディオショップで、店員さんが「やっぱりジャズはライヴ盤に限るでしょう!」といってたが、えっ?そんなものなのか?と少し驚いた。オーディオマニアにしてみたらライヴ会場のざわめきとか拍手とかがあったほうが臨場感があっていいのかもしれないが、わたしはオーディオを聴いてライヴ会場に行きたいのではなく、北極とかアフリカとか火星や木星に飛んで行きたいのである。わかっとらんなあ。したがって、実際のコンサートに行くのもそれほど好きではない。火星にほど遠いからである。

 難しすぎるBGM

 妙にお客にウケがいいディスクが何枚かあるのだが、最近おや?と思ったのが阿川泰子の『ナイト・ライン』。これをかけるのは、杏里の唄う「キャッツアイ」をかけるのと同じくらい勇気がいる。’80年代のバブリーな雰囲気がムンムンだ。「こんなもんジャズちゃうやんけ!」と怒鳴られるのを覚悟で恐る恐るかけてみたら、どういうわけか皆さんノリノリで聴いているのである。反対にキミタチこんなの聴いてちゃダメじゃないかと言いたくなった(^^;
 こういうのとか、ヘレン・メリルの唄うポピュラー曲とか、メロディの分かりやすいフュージョンとか、こないだちょっと書いたベット・ミドラーとか、とてもジャズとはいえないようなのが、意外なほどウケることがある。普段かけてる当店の選曲は難しすぎるのだろうか?20回以上繰り返し聴いて、ああそういうことなのかとようやく理解するような難しい音楽を、散髪しながら一度聴かせてさあ解れというほうが無茶な気もするが。

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