カセットテープの思い出

中学生の頃、ラジカセが宝物だった。勉強するふりをしてAMの深夜放送を聴いたり、テレビ番組を録音したり、FMをエアチェックしたり。最初はソニーの紙箱入りカセットテープを使っていたが、これは半透明のボディだったと思う。「音楽用カセットテープ」というふれ込みのHFは、黒いボディでちゃんとプラスチックのケースに入っていて、紙箱モデルより少し高いがなんとなく音楽を録るなら音楽用でないといけない気がして使い始めた。音は可もなく不可もなしだったように記憶している。このさらに上位モデルとしてDuadというのがあったが、こちらは一聴してダイナミックレンジが広く、煌びやかで派手な音がした。HFからDuadに乗り換えて機嫌良く使っていたが、TDKやmaxellなどテープ専門メーカーのほうがいいような気がしてきて浮気した。maxellはピンとこなかったがTDKのSAは気に入った。Duadと違って音がまろやかなのである。SAで聴くストリングスの音はとても美しかった。
カセットテープが安いと聞いて、初めて日本橋に行ったのもこの頃だった。何軒もまわって来た見た買うたの喜多商店が最安値をつけていることが判明。地元で買うより100円くらい安かったが、電車賃を考えるとかえって高くついたのだった。

 正しいシャンプーのされ方

 家内の腰痛が長引いている。一昨々日も予約が詰まっていたが、先週もお断りした方なので、悪いが一人だけでいいから頼むとシャンプーをさせたらまた悪化させてしまった。考えてみれば、シャンプーしかできない家内は何時間もずっと中腰の姿勢でシャンプーばかりしているのだ。腰に自信のあるわたしでさえ、こんなにシャンプーばかりさせられたら参るだろう。ひどい夫である(^^;
 そこで当店の顧客の皆さんと、他店で仰向けの姿勢でシャンプーしてもらってるすべての方々にお願いがある。シャンプー時に倒されたとき、できるだけ洗面台に深く、奥の方に頭を突っ込んでほしいのだ。あまり突っ込みすぎも困るが、目安として襟足が洗面台のくぼみより上になるように頭を乗せていただきたい。洗面台から頭が遠いと、シャンプーする者が無理な姿勢になって腰に負担がかかるからだ。もう少し上がってくださいとお願いすることもあるが、少しくらいならと無理をしてしまうこともある。理美容師の腰を守るため、ご理解とご協力をお願いします。

 音楽図書館

背表紙といえば、30年以上前の小学館FMレコパル誌に載っていたソニーのカセットテープ広告のことを今でも忘れられない。たしか型番はHFだった。同じ赤色HFの60分ラベルに手書きの字でずらりと並んだだけの広告なのだが、背表紙(?)が並んだ様が壮観で、音楽ライブラリーというものを初めて意識した。よし、エアチェックしてこんなライブラリーを僕も作るぞ!と妙にやる気になったものだ。勉強もしないで。
ネットに広告の画像がないかと検索したが見つからず。もう一度見てみたい広告である。

 ヒギンズ教授の書架

 オードリー・ヘップバーン主演の映画「マイ・フェア・レディ」に、言語学者ヒギンズ教授の自宅が出てくるのだが、吹き抜けの床から天井まで造り付けの書棚に本がびっしり。上の段の本を取るための梯子まである立派な書架は読書家ならずとも一度は憧れるだろう。
 改装の予定はないけれど、いつか当店にもあのような書架を造りたいという思いがある。だが、日本の図書館を見ればわかるように、和書の背表紙を並べてもあまり画にならないのである。海外のペーパーバックスなどと比べて和書の装丁は美しいと思うのだが、背表紙を並べてみるとなんだかダサい。百科事典や全集だと統一感が出るが、そういう本ではなくて、バラバラに買い集めた本のセレクションで書棚を魅せたいじゃないか(うんうん)。それに、かっこいいからといって読みもしない洋書を詰め込むのは反則だ。
 和書の背表紙がダサい理由は、白地に黒インクでデカデカとタイトルが描かれたものが多いせいだと思う。そこでわたしにひとつアイデアがある。和書で背表紙の地に色がついた本のみを並べることにするのだ。赤でもオレンジでも緑でも黄色でも構わない。それらをランダムに並べることで背表紙の色が混ざり合い。遠目には全体がグレーに見えるよう構成するのだ。良いアイデアだと思うのだが、いつの日か立派な書架ができるまではおあずけである(^^;

 GWは後半が空いてます

 家内腰痛の具合が芳しくないため、先週に引き続きご迷惑をおかけしてます。ゴールデンウィークは毎年始めのほうが混み、後半ガラガラという傾向ですので、今年は4/28と5/5だけ月曜なのでお休みしますが、5/3、5/4あたりが狙い目です。25年前から毎年中だるみがあります。昔はあんまり閑だからアルバイトの女の子と店の前でフリスビーして遊んでました。ぜひゴールデンウィーク後半にフリスビー持参でご来店下さい(^^;

 マスタークオリティーCD-R同時購入でリベラメンテ10%OFFキャンペーン

 WEB先行予約ページでマスタークオリティーCD-R 「有山麻衣子 幻のコンサート」の販売を開始しました。(5月1日より順次発送)それに伴い、CD-R同時購入でリベラメンテ10%OFFキャンペーンを開催します。

新発売のマスタークオリティー CD-R「有山麻衣子 幻のコンサート」とリベラメンテシリーズどれでも同時購入すると、リベラメンテケーブルが通常価格の10%引きになります。CD-R一点につきリベラメンテ何点でもOK。「有山麻衣子 幻のコンサート」とお好きなリベラメンテをカートに入れ、同時にご注文ください。

期間:6月末日まで
※CD-Rの価格は10%引きになりませんのでご注意ください
※CD-Rとリベラメンテケーブルは同梱せず別々の発送となります

 ミルトン・ナシメント(vo) 『Maria Maria / Ultimo Trem』

ミルトン・ナシメント(vo) 『Maria Maria / Ultimo Trem』

★★★★★
 最初聴いたとき、何がなんだかさっぱりわからず放り投げてしまった。西洋音楽の感覚で理解しようとしても無理だったのである。現代バレエのために作られたサウンドトラック、Disc1の[5]など女奴隷が鞭打たれる悲鳴が延々と続くから人前で聴くのも憚られる。「最終列車」というタイトルのDisc2のほうが全体の曲想が明るめで、こちらを聴き込むにつれミルトンの世界にどっぷり。幻想的なメロディはどこが始まりでどこへと続くのか。カーンと乾いた音で鳴る鐘の音を聴くとミナスの山を吹き抜ける風が匂ってきそう。ジャズでもボサノバでもないけれど、これぞブラジルの至宝。ジャンルを超えて素晴らしい大傑作だ! 

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 クサいと言われちゃおしまいだ

 近頃は、毎日シャンプーせずにお湯だけで洗ってみてはどうかと提案しているけれども、「お父さん、クサい!」という娘の一言ほど恐ろしいものはない。加齢臭などというコトバも恐怖に拍車をかける。香水は別の意味でクサいと言われるし。どうすればいいのかと途方に暮れるお父さんには、当店でも使用しているBASARAコンディショニングトニック701がお勧め。配合されているクラシエが開発した新インターロッキング香料というのが、頭の嫌なニオイ成分を包み込んでしまう優れもの。頭皮に限らず、生ゴミでもなんでも臭うところにシュッ!とかけてみるとフッ!と臭わなくなる。フケかゆみを抑え、使用感も爽快。ぜひ当店で体感してみてください。

 ノー・ペイン、ノー・ゲイン

 エレキギターを弾く人は音を歪ませる。音を歪ませないで弾けと言われたらほとんどの人は困った顔をするだろう。ごまかしがきかなくなるからである。ではなぜ音が歪むとギターの腕をごまかせるのかと考えてみると、これも圧縮と関係があることがわかってくる。
 ギターアンプで音を歪ませるには、ゲイン(入力)のボリュームをいっぱいにあげて、マスターボリューム(出力)を絞る。そうすると入力過多で音が歪むのであるが、出力の音量はマスターボリュームで絞られてるから頭打ち。つまり最小音と最大音の幅すなわちダイナミックレンジが狭くなる。これが圧縮だ。そうするとフレージングが正確でなくとも、ある程度音量が均一になってうまく聞こえるのである。
 しかし反対に考えてみると、演奏の上手な人は音のダイナミックレンジが狭いということになりはしないか。最大音が大きく出せるのは当然のこととして、最小音を太くしっかり鳴らせることを考えると、意外とレンジの幅は広くないのかもしれない。

 録音レベル

 中学生の頃、カセットテープが音楽鑑賞のメインだった。小学館「FMレコパル」の番組表を見ながらエアチェックしたり、友達が買ったレコードを貸してもらって録音したり、また、自分で買ったレコードも磨り減ったり(磨り減らないと知ったのはずいぶん後になってから)傷ついたりしたら大変だと思い、カセットに録音して聴いていた。録音レベルの調整は重要だ。試しにレコードをかけてみて、メーターの針がレッドゾーンまで振れないようツマミを合わせるのだ。瞬間的に振れるのはかまわないが、常時レッドゾーンを超えると音が歪む。反対に、レベルを低く合わせすぎると、歪まないかわりにテープのサーというヒスノイズに埋もれ、パンチのない音質になってしまう。カセットテープのメーカーや種類によって微妙にレベルの加減を調整したものだった。
 今思うと、ゲインをぎりぎりまであげて録音するということは、全体の音量を上げて。ある意味ダイナミックレンジを狭くとるということだろう。歪まないようピーク時の音量を下げて録音するとレンジは広がる一方ピアニッシモの小さな音が聞こえにくくなってしまう。最近のCDのほとんどが昔より音量が大きくなっているが、それは圧縮をかけてダイナミックレンジを狭くしているということではないのか。

 サインポール雑学

 サインポールとは、理容室であることを示すトリコロールの看板のことである。全世界共通のもので、赤は動脈、青は静脈、白は包帯を表す。これはもともと外科医が理容師の仕事を兼ねていたという説と、理容師が外科の助手をしていたという説とのふたつがあり、その名残りとしてサインポールが残ったとされる。同じ「し」のつく仕事でも、税理士や建築士、運転士等には「士」の字だが、理容師美容師は「師」の字がつく。技術を習得した「マスター」ということが認められているのだ。とはいえ、外科医と同じくらい偉いんだぞと話を膨らませた感がなきにしもあらず。忙しい医者が髪型の注文を訊いていたとは思えない。せいぜい助手が髪結いを併設していたとみるべきだろう。そうでないなら、外科病院にサインポールが引き継がれなかった理由がわからない。なお、モーターのなかった昔には回転せず、ただの棒に三色が描かれていたようである。

 よろしくサインポール

当店の場合、サインポールがないと喫茶店と間違って入ってくる人が後を絶たない。そこで代車ならぬ代サインポールとして借りていたものを安く譲ってもらうことになった。当然中古品であるが、形見のサインポールよりは断然新しい。ひと月ほど使っているうちに愛着が湧いて、もうこれでいいじゃないかというわけだ。
前のオーナーの趣味なのか、「Los Angels EROSTYPOP!」と艶かしい女性のイラストのステッカーが貼ってある。無理に剥がそうとして汚くなるのも嫌なので、そのままにしておこうと思う。わたしなら絶対にこんなの貼らないだろうという柄で、なんだかそれが逆に面白い。

 さらば形見のサインポールよ

故障してたサインポール、製造元メーカーが廃業しており修理不可ということで本日業者に引き取られていった。25年前、祖父に開店祝いとしてプレゼントしてもらった思い出の品で、何度も修理して使ってきた。できることならずっと使い続けたかったけれど、25年も回り続けたのだから御役御免といったところだ。理容店が営業中であることを示すサインポールだが、まさかメーカーが営業をやめてしまうとは。いざさらば、祖父の形見のサインポールよ。

 腰痛の家内とドリス・デイ

 家内が腰を痛めて動けないため、たいへんご迷惑をおかけしてます。これで三度目である。わたしもちょっとこき使いすぎたなと反省しきり。女性にしては大柄であるうえにまったく運動の習慣がないので、支える筋肉無く体重が増えれば腰に負担がかかるのだろう。こんどよくなったら運動靴でもプレゼントして、毎晩の犬の散歩に同行させようか。
 そんなことを考えながらドリス・デイのコロムビア盤『グレイテスト・ヒッツ』を聴く。白人女性ボーカルには大きく分けて「お姉様/色っぽい」派と「可愛い/コケティッシュ」派とがある。前者の代表がジュリー・ロンドンとすれば、後者の代表はドリス・デイだ。古くはジョニー・ソマーズ、ブロッサム・ディアリー、ベヴ・ケリーからリサ・エクダール、ステイシー・ケントまでこのグループに入るのだが、その大元締めがドリス・デイだといっても差し支えないと思う。ただ、ドリス・デイのすごいところは、そのがっちりした骨格によって驚くべき声量を確保しながらも、抑えに抑えた可愛らしい唄い方をすること。彼女が出演した映画などを観ると、やはり思った通り見事な肩の筋肉をしている。女性は痩せてるよりも筋肉ついてるほうが魅力的だと思うのだが。

 マスタークオリティー ~宇野功芳 企画・指揮~ 「有山麻衣子 幻のコンサート」新発売

マスタークオリティーはオリジナルマスターと同等の音質です!リマスター、CD盤の材質変更などによる向上とは比較にならない超高音質です。


マスタークオリティー
『有山麻衣子 幻のコンサート』(宇野功芳 企画・指揮 )


これほどオリジナルマスターそのままの音質のCDRが発売されるのは初めての試みです。
1)CDRメディアは現時点で最高クラスの太陽誘電社マスター専用CDR-74MYを使用,音質劣化の原因となるレーベル印刷は行っていません。
2)GPSクロックによるリマスタリングにて一枚一枚が等速度処理の手焼き仕上げです。
3)未編集のオリジナルCDRマスターからの作成です。
4)普及型ミニコンポによる再生音が数百万円クラスのハイエンドオーディオと間違われるような現象も起こります。

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 マリー&ジョニー

 お客様とのおしゃべりは楽しいものの、踏み込んできてほしくないラインはある。たとえばよく訊かれるのが「一日に何人くらいお客さんが来るんですか?」というもの。これが返答に困る。だって、それを言うのと、わたしの年収を言うのはほぼ一緒だからである。まさか読者の皆さんのなかに、赤の他人に「あなたの年収ナンボですか?」と訊くようなデリカシーのない方はいらっしゃらないと思うが、一日何人お客が来るのかと訊きたがる方は結構いらっしゃるのである。困ったことに悪気など一切無く、失礼なことを訊いてるという自覚もまったくない。訊くまでもなく、簡単な足し算と掛け算ができる人なら当店がそんなに儲かってないことくらいすぐにわかるはずだ。いつもムニャムニャと歯切れの悪い返事でごまかすわたしだが、五番街のマリーでなくともそんな思い察してほしいものである。プンプン。
 ところが最近の関西の合コンでは、女性のほうが男性の年収をズバリ訊くというのだ。いや〜これはたまらん。こんな合コンに参加したらわたしなんぞ即撃沈である。ジョニーでなくともそんなはしたないことをしてはいけませんと、友達ならそこんとこうまく伝えてほしいものである(^^;

 年寄りの肩揉み

 モアシル・サントスの「エイプリル・チャイルド」がかかると、そこらのセトモノを手に取ってチンチンチンと叩きながら踊り出したくなる。もう最高なのである。春だなあ(笑)
 さて、マッサージの話で思うところがある。自営業ゆえ身体が動くうちは何歳まで働くのも自由であるが、わたしがヨボヨボの爺さんになってしまうとマッサージするときひじょうに困る。自分より元気で若いお客に、「こんな年寄りにマッサージしてもらうなんて申し訳ない。こちらが肩を揉んでさしあげたい」と思わせたら気まずいからである(^^;
 おかげさまで、年齢より若く見られることが多いわたしだが、いつまでも颯爽として身軽で腰が低くありたいものである。決して「敬老」などという言葉を思わせてはいけない。妙に偉ぶったり、お客に仕える精神を無くしたら、そのときが引退のときだ。

 大画面の効用

子供達の新学期がはじまって、ひさしぶりに家で寅屋の羊羹つまみながら映画を三本観た。去年の夏に買った東芝65J7の大画面にもすっかり馴れたけれど、やはり大画面の効用は素晴らしい。感情移入して知らず知らず眉間にシワを寄せ、すごい表情で観てるのにハッと気付いたりする。戦国時代は刀で斬られるから痛そうだとか、テキサス州も銃で撃たれるから物騒だとか。あらためて平和な日常に感謝してしまうというか、貧しくて治安の悪い国ではとても生活できないなと思ってしまう。
音楽家に良い音を効果的に使う人とそうでない人があるように、映画監督もシアターの大画面で映える撮り方をする人と、まったくそんなことを意識しない人と様々である。どちらが優れてると一概に言えないが、前者のばあいは大画面テレビの威力は絶大となる。

 マッサージ付き

 当店の上の階にお住まいのおばあちゃんが戸をわずかに押し開けて首を出す。
「足のマッサージでけるやろ?」
 あ、足のマッサージですか?(^^;
 いつも肩を揉んで差し上げるから、足のマッサージくらいできると思ったのだろうか。神経痛かなにかで足が痛くてかなわんと仰るのだが、あいにく足のマッサージなんてしたことがない。ちゃんと接骨院とか行かれたほうがいいと思い、丁重にお断りした(^^;
 当店では、散髪の最後に簡単なヘッドマッサージをサービスしているのだが、マッサージを終えたタイミングでコーヒーメーカーのスイッチを入れることにしている。そのスイッチオンの約十秒ほど席を離れる間、マッサージの余韻がジワ〜ンとして気持ち良いらしい。わたしは無意識にそうしてたのを、あるお客様が「ジワ〜ンとさせるためにわざと時間を置いてるんですね!」と感心されたので、「そうなのか」と気がついた次第である。
 わたしのヘッドマッサージ法は、見習いのときに母に教わった。父はプライドが高いのかなんなのか、頑としてお客にマッサージをしなかった。わたしか母が実家の店にいるときは「マッサージ付き」だったが、父にあたると「マッサージ無し」になった。同じ金額なのに気の毒なことである。あるとき、お客が父に「肩揉んでや」と注文した。母は不在で、わたしは別のお客にあたっている。どうするのかと見ていたら、ぎこちない手つきでお客の肩を揉みだした。さすがの父も、お客のリクエストは断れない。父母はいまでも健在だが、父が誰かの肩を揉んでるのを見たのは、後にも先にもそれ一回きりである。

 憂鬱と書けますか

 ブログを十年以上やってるから、ブラインドタッチとまでは言わないが、キーボード打ちには慣れた。そのぶんほとんど字を書かなくなってしまった。Wikipediaで調べものをしても、紙の辞書を引くことはなくなった。便利だからってこんなんで本当にいいのだろうか?うんうんと頷いたあなたは「憂鬱」という字が書けるだろうか?わたしは書けない。ブルースを聴くくせに憂鬱と書けないのは情けない。思いついたのですぐさまボールペンと紙を手に取って書く練習を始めた。憂鬱、憂鬱、憂鬱、難しい漢字だから、ブラウザの文字を拡大表示してお手本にした。字のヘタさには目をつぶるとして、ものの5分で一応「憂鬱」という字が書けるようになった。皆さんも練習してみよう。このブログを見てる人が全員憂鬱の漢字が書けるなんてすごいじゃないか(^^;

 牧師でお茶を

 中学の頃、ギター少年だったわたしは小遣いを貯めてジェフ・ベックの『Truth』というレコードを手に入れた。なんと、ロッド・スチュワートがボーカルでロン・ウッドがベースを弾いている、今となっては夢のようなメンバーだがアルバムのライナーノートもジェフ・ベック本人によるものだった。[1]シェイプス・オブ・シングス「ヤードバーズのヒット曲をアレンジし直したもので、ボリュームいっぱいで聞くべき曲。お茶に牧師を呼んだときのBGMにぴったり」そう書いてあった。
「お茶に牧師を呼んだときのBGM?はて?」
 うちの家は浄土真宗だったからお坊さんは来るけれど、このテイストがよくわからない。牧師をお茶に呼ぶとはどのようなイメージなのか?賛美歌のような音楽ならぴったりなのはわかるが、この騒々しい音楽の何がお茶と牧師にぴったりなのだろう。少年は悩みながらもそんなことは忘れて大きくなった。
 世紀末とともに、当店に牧師がやってきた!それも散髪に!一生縁がないと思っていた牧師という職業の人とインターネットを通じて知り合い、ついにお茶に呼ぶことに成功したのである。それ以来、十数年の付き合いで、牧師さんにはよく遊んでもらったが、こんど家庭の事情で大阪を離れることになったという。まことに残念だが、思い残すことといえばアレしかない!ジェフ・ベックの『Truth』を引っ張り出して、「シェイプス・オブ・シングス」をBGMとしてかけた!しかし、何がどうぴったりなのか、本物の牧師を前にしても、わたしにはさっぱりわからなかった(^^;

 コーリング・ユー

 自分がそうだからたぶんお客様もそうだろう。電話をかけるときは10回コールして出なかったら留守と思い一旦切る。一人で店番をしていて困るのが、トイレに行きたくなったとき。こういうときに限って電話が鳴るのである。小さい方でも、ひとたび開始してしまうと10回コール以内に用を済ますのは無理。案の定10回コールしたあたりでプツリと切れる。ズボンを引き上げながらダッシュで間に合った!と思ってセールスの電話だったりすると殺意を覚える(^^;
 20坪のせまい店内なので、10回呼び出して間に合わないはずはない。電話に出られないのは、何か出られない事情があるのである。定休日の月曜以外の営業時間内なら確実に誰かが店にいるので、しばらくしてかけなおしてください。
 昔はコードレス電話をトイレに持ち込んでいたこともあった。ほ〜らかかってきたぞと電話に出るも、声がワンワン響いてトイレの中だとばれてしまいそうですぐにやめた。
 シャンプー中や、シェービングのシャボンを顔に塗ってる途中の電話もやっかいである。泡まみれの手を拭き拭き受話器を取ると
「ピー」、FAXはないっちゅーの!"o(▼皿▼メ;)o”
 せっかく電話してもらっているのにこんなことをお願いするのは心苦しいのだが、できたらWEB先行予約ページを活用してもらえるとひじょうにありがたい。トイレも何もしてないときは電話もぜんぜんオッケーなのだが、いつがそのタイミングかなんてわかりっこない。いっそWEBカメラでもつけるか。

 モアシル・サントス(bs,vo,perc,arr) 『Maestro』

モアシル・サントス(bs,vo,perc,arr) 『Maestro』
 このジャケットは秀逸だ。まるでウルトラセブンがフレームインしてきそうな空の色ではないか。巨匠サントスの自己紹介に続いてブラジリアンモードの名曲[1]が出てくる。決してうまくはないが味のあるサントスのボーカル、作曲にバリトンサックスにアレンジと大活躍のブルーノートデビュー作。フランク・ロソリーノのトロンボーンがユルくて素敵な[4]、哀愁の[5]、サンバ風の[8]など聴くうちにラテンアメリカの土着的メロディにすっかり魅了されてしまう。新時代の幕開けだ。 ★★★★

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 モアシル・サントス(as,bs,arr,cond) 『Saudade』

モアシル・サントス(as,bs,arr,cond) 『Saudade』
 新たに仕入れたCDはどれも最初はヘビーローテーションでかけまくる。なかでも最近気に入ってるのがこのモアシル・サントスだ。ホレス・シルヴァーに紹介されてのブルーノート入り。ブラジル人らしく器楽演奏よりも全体の音作りに重きを置くコンポーザーで、なんといっても曲がいい。ラララララーで始まる「早朝の愛」[1]は香ばしいコーヒーの薫りがする。シルバーも取り上げた[6]は哀愁のメロディ。男女混声の[7]も可愛らしい。本拠地をカリフォルニアに遷してのLAシリーズは日差しも明るく都会的で心地よいサウンドだ。 ★★★★

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 串カツランチ

娘と家内の三人でイオンモール伊丹に行って串家物語でランチ。ブッフェスタイルで、串カツのネタを取ってきて自分で揚げる。味はそこそこだけれどなかなか楽しい。ソースは何種類もあるけれど、やはり甘口ソースに落ち着く。ミニたい焼きの素揚げをソフトクリームとからめて食べる。アツアツとひんやりのグランドエンカウンター。冷えたらカリッと固まるビターなチョコレートフォンデュもよかった。おそらくかなりの高カロリー。これじゃあ痩せない。夜はお茶漬けだ。

 うれしい一言

 褒め言葉であっても、しょっちゅう言われるとあまり嬉しくなくなるものである。たとえば、インフラノイズの秋葉社長のことを、わたしは一種の天才だと思っているのだが、そのように申し上げても社長はあまり喜ばれない。訊くとけっこう人から天才だと言われるらしいのだ。言われ馴れているせいか、逆に天才の安売りをして、社長にかかれば会う人会う人みな天才にされてしまうから真に受けてはいけない(^^;
 わたしもお客様からうれしい褒め言葉を頂戴するけれど、「良い音ですね」とか「お洒落なお店ですね」と言われても、しょっちゅう言われるからそれほどうれしくない。「カットが上手ですね」も今ひとつ。これがもし「音悪いですね」「ダサい店ですね」「仕事ヘタですね」と言われたら真っ赤になって怒ると思う。要するに「仕事だから一定のレベルに達していて当然」という意識があるから褒められてもたいして嬉しくないのだ。
 じゃあMasterを喜ばせるにはどんなことを言えばいいのか?(そんなもん知らんがな)意外とうれしかったのは「コーヒー美味しいですね」と言われたこと。ほかには「男前やね」というのはめったに言われないのでおばあちゃんからの一言でも嬉しい。でもやっぱり「また来ます。ありがとう!」という言葉は、何回聞いても嬉しいなあ。

 JimmyJazzは一代限り

 この春からうちの長男が美容専門学校に行く。
「おっ、跡継ぎですか」
 と皆さん言ってくださるのだが、わたしはこの店を継いでほしいとは思ってない。美容学校を出たら他所の美容室で修行して、そのあとは自分の才覚とアイデアで、その時代に合った店をやればいいと思っている。かつてのわたしが思ったように、彼も親父のセンスなんて古臭いと思ってるだろうから、そんな店を継がされても嬉しくないだろう。第一、息子が目指すは美容師であり理容師ではない。ジャズの聴ける理容室は一代限り。Masterと同じ時代を生きたお客様と共にいい味出しながら枯れていくのが幸福なのだ。

 大阪市営バスに怒り爆発!!

 大阪市営バスの路線が変更になったのは先日お伝えしたけれど、詳しく調べてみるとたいへん不便になっているようだ。
 3月末まではJimmyJazzのすぐそばの停留所から、東淀川区の家内の実家まで「井高野車庫前行き」に乗れば一本で行けた。お正月や法事など、家族で行くときはバスを利用してたのだが、4月から「井高野車庫前行き」が廃止されて、淀川通りを折れて十三から梅田方面に向かうようになった。つまり西中島南方や東淀川方面に行くには一旦十三で降りて乗り換えなくてはいけないのだ。不便になるなあと思いながらも行き方を調べていると、なんと、市バスの乗継ぎ券および地下鉄乗継ぎ券が廃止になり、十三で降りて、また市バスで井高野方面に向かうためには、もう一度乗車料金を支払わないといけないという。市民に一言の相談もなしに勝手に路線変更して不便を強いたうえに、倍の運賃払えとはどういう了見やねん!各種カード乗車券(PiTaPa・ICOCAなどのICカード、レインボーカードなどのスルッとKANSAIカード、回数カード)を利用すれば、これまでどおり乗継ぎの割引が適用されるというのだが、これを人数分買えというのが納得いかん。
 市バスは市民の足であるはずなのに、西淀川区から淀川区十三までで分断されてしまった。これは大阪都構想を前提に、どうせ東淀川方面に行くことはなくなるからという判断なのか?はーしーもーとぉおおおおーーー!!!!即刻市バス路線を元に戻せ!横暴はもう許さん!

 まんまとだまされた!

 買ってまでは読まないけれど、週刊Bと週刊Sの両誌はどうしてこんな嘘ばっかり書くのだろうと以前から不思議に思っていた。名誉毀損の裁判沙汰などしょっちゅうだというのに。先週、銀行の待合いにあった週刊Bを手に取って、連載小説でも読もうかと頁をめくってやっと気がついた。そうか、これらの記事は小説と同じフィクションじゃないか。リアリティを出すために実在の有名人を登場させている小説があるけれど、それと同じで面白い筋書きを用意して、豪華絢爛な登場人物がピンチに追い込まれたりするのを読んで楽しむものだったのだ!計らずとも週刊Bと週刊Sは、元は小説専門の大手出版社じゃないか。しまった!まんまとだまされた!!嘘ばかりのスキャンダラスな見出しにはだまされなかったのに、相手はもう一枚上手であった。

 大失敗

 大失敗、というほどでもないが、ちょっとした失敗を立て続けにやらかした。ひとつめは「コーヒーをどうぞ」とすすめておいて、コーヒーメーカーのスイッチを入れたはいいが、うっかりそのまま放置。カウンターで待っていたお客様は「また今度いただきます」と帰ってしまった。あちゃー、申し訳ない。その間5分ほどだったが、客の立場になって考えてみると、自分のことを忘れられるのはまことに不愉快なものである。煮詰まったコーヒーを眺めつつ反省。
 もうひとつ、これは失敗と言っていいのかどうか、ご老人のお客様が突然顔をしかめ、「音楽がやかましい」とおっしゃった。フランク・シナトラのボーカルだった。たしかに少しボリュームが大きかったかもしれない。あわてて音量を絞ったのは言うまでもない。年配のお客様も皆さん良い音楽ですねと言ってくださるし、最近音がよくなったので文句はないだろうと油断していた。まだまだ不快に思う人もいるのだ。修行が足らん。反省。

 洗いすぎると毛が生えないってホント?!

 これはエイプリルフールのネタではない。

 「抜け毛予防のために毎日シャンプーして、頭皮を清潔に保ちましょう」という「常識」に、いまわたしは一定の疑問を抱いている。というのも、洗えば洗うほど毛が抜けにくくなると思うせいか、まるで親の仇みたいにごしごしとシャンプーして、頭皮に炎症を起こしている人をよく見かけるのである。
 幼児を見ればわかるように、髪が多く健康な地肌は、どちらかというと青白いものであるし、一本だけ抜いてみると髪の根元には白い半透明の膜がついてくる。よくある頭皮の拡大写真では、このような膜がなくて、洞窟のような穴から毛が生えてるのが理想とされているが本当にそうなのか?あなたの抜け毛に膜はあるだろうか?ちょっと洗いすぎなんじゃないだろうか?
 たしかに当店でも、毎日洗髪時には2回シャンプーしてしっかり汚れを落とすことを推奨してきたが、一度考え方をリセットして、試しに自分のシャンプー回数を1回にしてみた。こらあかん。一回だと汚れが落ちきらないせいかかゆみが残る。やはり洗うときにはしっかり洗わないとダメみたいである。そこで、2〜3日に一度ナノサプリでしっかり2回シャンプーして、間の日はお湯ですすぐだけという方式に切り替えた。最初はシャンプーで洗わないことにすごく抵抗があったが、ワックスなど整髪料を使わないならお湯だけでも意外と大丈夫である(念のため臭いとかゆみ防止のため洗髪後にはクラシエのBASARAコンディショニングトニック701を頭にふりかけている)。すると髪がフサフサ!!とすぐにはならないけれど、少なくとも抜け毛はないし、夕方になると頭皮に浮いていた脂が逆に少なくなった。
 オーディオと同じで、皆さんの環境が千差万別だから、誰にでもこの方法が効くと断言はできないけれど、もし思い当たることがあったら、一度このプレーンシャンプー法をお試しください。ただし禿げても責任は持ちません(^^;

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