Masterの10000時間

 よく、「どんな職業でも、プロになるためには一万時間の訓練が必要だ」といわれる。思えばわたしも見習いの頃に、「今日から仕事に関係すること以外は一切しない」と決意して、朝から晩まで仕事に没頭したことがあった。それまでのダラダラ過ごしてきた時間にいいかげん嫌気がさしていたので、その反動もあったのだが、ともかくその日からわたしは別人に変わった。昔から極端から極端に走る奴だったのだ(^^;
 実家の店を手伝いながら、閑ができるとモデルウィッグ(生首の人形)を出してきて練習をした。仕事中は食事のとき以外は椅子に座らない。もちろん営業時間が終わってからも練習、休日は講習会に行って練習。テレビは一切見ない。雑誌は業界紙だけと決めた。寝てるとき以外の15時間は仕事オンリー。身体が弱かったので、そんなに頑張ったら病気になるんじゃないかと思ったが、まったくそんな心配はなく、密かに同情を惹こうとしたのにぜんぜん平気だった。人間って意外と強いものだとそのとき覚った。
 仕事とジャズを結びつけようと思いついたのもその頃だった。なにしろ仕事に関係すること以外の娯楽は一切禁止という掟で自分をがんじがらめにしていたので、仕事でかけるBGMとしてジャズならいいだろうと苦しまぎれの抜け道をこさえたのである。今でもその頃の癖が抜けなくて、店でジャズ以外の音楽がかかってるときに誰かが入ってくると、ものすごくうろたえてしまう。わたしにとってジャズは仕事だが、ジャズ以外は遊びなので、真面目にジャズをかけてないと遊んでいるように思ってしまうのだ。
 そんなウルトラ禁欲生活が一年半ほど続いた頃、出店してみないかという話が舞い込んできた。それまでと合算して一万時間の訓練があったといえるかどうか微妙なところだが、若くして店を出せたのは、一心不乱に仕事に打ち込んだ時期があったことと、運がよかったのと、景気が良かったので皆さん温かく見守ってくれたこともある。一万時間に足らざる未熟な部分は、ずいぶんおまけしてもらったような気がする。

 どんとこい花粉症

 今年もいよいよ花粉の季節。わたしも花粉症になってもう7年目である。なんとか民間療法で治らないものかと毎年ジタバタする。去年はビタミンDのサプリに肝油ドロップ、べにふうき茶等試してみたが、一向に効く気配なし。でも、花粉症って、わたしは絶対に治るような気がしてならないのだ。
 で、今年の花粉に備え、去年から秘密の作戦A、B、Cを用意していたのだ。現在作戦Aを実行中で、作戦Bは準備中。それでもだめなら作戦Cを投入する予定。もしこれで治ったら、ほれみたことかと偉そうに講釈垂れてやろうと今から楽しみにしてる。さあ、どんとこい花粉症!(^^;

 情けは人のなんとやら

「情けは人のためならず」を、「情けをかけてやるとその人のためにならない」と意味を誤解してる人が多いときく。そんな解釈ありえないだろう、どんなに冷たい奴なんだよと思っていたわたしだが、本当の意味がわかってなかった気がする。正しくは、もちろん「情けをかけてあげることは、その人のためでなく、自分自身のためである」という意味。
 思えば、わたしもよく情けをかけてもらった。なんでこの人はこんなによくしてくれるのだろうと不思議に思ったことが何度もある。わたしなんかに、そんなに親切にしてもらっても、お返しもできないし、なんの得にもならないのにと。違うのである。最近やっとわかった。「情けは人のためならず」なのである。
 昔お世話になった方々にお返しができればそれに越したことはないが、それができないなら、自分がしてもらった親切や、かけてもらった情けを、同じように誰かにしてあげることだ。無礼な奴だと感謝されないかもしれないし、直接恩返しはしてくれないかもしれない。でも、それがその人自身の徳になる。わたしによくしてくださった方々は、おそらくそのことを知っていたのだ。

 映画は冒頭5分で見切れ

 昔、当店で働いていたスタッフが映画好きで、あるとき、ビデオを借りていっしょに観ることになった。面白そうなB級アクション作品を見繕って借りてきたのだが、彼は冒頭5分で「もういい」と席を立ってしまった。「最初の5分を観てダメな作品は駄作。観るだけ時間のムダ」というのである。そんな、せっかく借りてきたのに、途中から面白くなるかもしれないじゃないかと、そのときは思ったのだが、今思うと、彼は正しい。やはり最初の5分間で引き込めない作品はダメである。冒頭部分はローギアで、最もパワーが必要なのだ。そこで面白く見せることができなければ、一時間後、二時間後に突然面白くなるなんてことはありえない。ただし、逆はある。最初めちゃくちゃ面白くて、ワクワクしながら観てると、竜頭蛇尾でだんだんダレて終わってしまうパターン。それでも、最初が面白いだけマシである。
 音楽の場合も、すごい演奏は最初の一音ですごいとわかるが、ことジャズに関して言えば、演奏の途中から良くなったり、最初わからなかったのに、何度も聴くうち素晴らしいと思うようになったりもするから、なかなかCDは処分することができないのである。

 蓬莱湯までジョギング

午前中、犬の散歩のあと録画しておいた映画一本観る。天気もよかったので、午後は二ヶ月ぶりに尼崎の銭湯蓬莱湯までジョギング。途中杭瀬の上新電気に立寄るが、大型テレビは展示も少なく、増税前で盛り上がってる様子はない。隣接するホームセンターコーナンで使い捨て歯ブラシを購入。銭湯に行くときは、使い捨て歯ブラシ、使い捨てのT字剃刀、石鹸とナノサプリシャンプーは欠かせない。自宅では店で使ってるような一枚刃の剃刀を使っているが、銭湯でこれだと目立ってしまう。こういう場所では使い捨てが気分なのだ。源泉かけ流しの湯上りには100円のラムネを飲み、阪神電車で帰宅。走っても体重は変わらずだ。

 眠くなる映画

 先月は18冊本を読んだが、今月はまだ8冊。分厚いのばかり選んだので遅れている。年間二百冊読むには、月に約17冊読まないと間に合わない。今月中にあと9冊はしんどい(^^;
 CDは6枚で映画は14本。
 映画を観ながら寝てしまうと、ものすごく悔しいのはわたしだけだろうか?自宅で観てるときは、ハッと起きて巻き戻すが、それがなんだかすごく嫌なのである。お金を払って映画館で寝てしまうのは、もう痛恨の極みなので、できるだけ眠くならないのを選んで観ることにしている。画面が暗い映画が特にダメで、バットマンなんか真っ暗に真っ黒だから、すぐに寝てしまう。アクションシーンも冗長だと飽きて眠くなる。意外とストーリーがじっくり進んでいくサスペンスなんかのほうが眠くならないのだ。さあ、明日は何を観ようかな。

 二輪で居眠り

 そうはいっても、車を運転してる人や、危険な作業をする人は、仕事中に眠くなったりしたら大変だ。なるべく規則正しい生活をして、事故などないようにしたいものである。
 じつをいうと、わたしはバイクを運転しながら居眠りをしたことがある。たしか二十代前半の頃だったと思う。張り切ってツーリングの日に早起きして、名神高速の天王山トンネルを過ぎたあたりで小雨が降ってきた。カッパを着込んでまたトンネルを抜けると、すぐに晴れ間が出てきてポカポカと暖かい。気持ちいいなあ。このへんで路肩に停車してカッパを脱がないと、そう思いながらも、停める場所がない。もう少し、もう少し、と思いながらついウトウトしてしまったのだ。高速だから当然80キロ以上は出ている。その間1秒だったか、0.5秒だったか定かでない。ふとリアシートに括り付けていた荷物がドサッと路面に落ちたような気がしたのだ。ハッとしてバックミラーで確認するが何もない。後ろに手を伸ばすと、荷物は無事だ。ああいかんいかん、危ない危ない。青くなりながらも、ずっとアクセルは開けっ放しである。よく二輪で走りながら寝れるものだと我ながら呆れてしまった。

 強迫観念

 昨日に引き続き眠くなるお話。人間は体温が下がりはじめるときに眠くなるそうである。お酒を飲んで眠くなるのも、一旦上昇した体温が下がっていくときに眠くなると考えれば納得がいく。わたしなど湯船に浸かっていると湯が冷めて眠くなり、溺れかけたことが度々あるから要注意である(^^;
 夏の夜中に寝苦しくて目が覚めたら、すっかり寝つけなくなり、そのまま外が白みはじめるという経験は誰にもあると思う。「寝ないとヤバい」と思って、寝ようとすればするほど目が冴えて眠れない。こんなときは、「睡眠が足りてるから寝なくていいんだ!時間ができた。ラッキー!」と思うことにしている。枕元にある本を読み始めるのだが、最後まで読んでしまい、そのまま朝が来て出勤なんてこともある。
「絶対に睡眠を取らないと仕事に影響する」という強迫観念を取り去れば、眠れないのもそう悪いことではない。眠れないのは体力が有り余ってるのである。もうちょっと頑張って仕事をして疲れないといけない。眠れなくても死ぬことはない。疲れたら必ず眠くなるのだ。
 食事にしても、風邪を引いたら、「何か食べて栄養をつけなければ身体が持たない」という強迫観念で、無理に食べさせようとする人がいるけれど、食欲がないなら無理に食べることはないと思うのだ。一説によると、身体の余った栄養分を食べてウィルスが増殖するというではないか。また、「朝・昼・晩」と三食必ず食べなくてはいけないという強迫観念も根強く存在する。本当に栄養が必要なら自然に食べたくなると思うのだが。

 春眠ジャズを覚えず

 飯嶋和一の「黄金旅風」を読んでいる。江戸初期の長崎を舞台とした、ロマンあふれる時代小説。ハードカバーの装丁も美しくボリュームたっぷりの485頁。しかし、これが遅々としてなかなか読み進まない。つまらないわけではないのだが、難しい漢字がいっぱい出てきて、すぐに眠くなってしまう。わたしなんぞは数行読むだけで秒殺である(^^;
 本を読んで眠くなるのは、難しい内容を理解しようとして脳が疲れてしまうからだ。いや、疲れるというより飽きてしまって、どうでもよくなってしまうのだろう。知ってることが多くなって、内容に興味を惹かれるようになれば逆に覚醒し、興奮してどんどん読み進めるのだが。
 これを応用(?)して、当店では難しいジャズを流して、お客様をすぐに寝かせてしまうという技をよく使っている。この場合、音量も大きめにしたほうが効き目がある。うるさいから眠れないということではなく、どうでもよくなって脳が理解することを放棄するから眠くなるのである。
 オーディオでも、「眠くなるのは良い音の証拠」として、眠くなる音を目指して日夜邁進するという方もいらっしゃるけれど、わたしの場合は良い音と良い演奏は一体だから、音が良いと興奮して目が冴え、どうでもいい音だとすぐ眠くなる。春眠ジャズを覚えずである。

 お客の立場

 ちょうど二年前に修理したのだが、またしても循環モーターから水漏れ。前回お世話になった業者に電話して来てもらう。ついでに水道のパッキンも2箇所交換してもらうことに。修理内容は前回とまったく同じで、モーター軸の交換とグリスアップ。それにしても二年で故障とは早すぎる。4年に一度、モーターごと総取っ替えだと7万円だから、それに比べれば安いけれど、二年に一度壊れて2万数千円なら負担は決して軽いものではない。内訳は以下の通り。

循環モーター修理 20000円ー3000円(早く壊れたので値引)=17000円
出張料 5000円
工賃 2000円
水道パッキン交換 2000円
合計26000円+税1300円=27300円

「こんなに早く壊れて、毎回たくさんお金を使わせてしまい申し訳ないです。メーカーに言っておきます」
と、ひとこと言ってくれたので、これだけで「まあ、しょうがないか」と、ずいぶん気持ちが軽くなる。お客の立場に立つとはこういうことなのだなと勉強になった。

 ウンディユーウンディユー

 オーディオやってていちばん嬉しいのは、これまで聴いてきた音楽がまったく違って聞こえ、俄然その輝きを増した瞬間である。今日も、うぉっ!と仰け反りましたね。聴いていたのは『ジョアン・ジルベルト』。SPケーブルをリベラメンテ化してから聴くのは初めてだ。有名な「三月の水」から幻想的な「ウンディユ(この曲のカラオケがあったらぜひ唄ってみたい)」ときて、インストゥルメンタルの「バイーア(靴屋の坂道で) 」。ギターとシンバルだけのこの曲が、こんなに良いとは思わんかった。退屈な曲だと思ってたのに、いま聴くとじつにスリリングなインプロビゼーションである。シンバルのソニー・カーよ、おぬし見直したぞ!
 ルイ・カストロ著「ボサノヴァの歴史外伝 パジャマを着た神様」読了。最後に貴重な情報が。『ジョアン 声とギター』でシーッのポーズをとる鎖骨の美しい女性はカミーラ・ピタンガという女優さんだそうだ。気になる人はググれッ!(^^;

 なかなか痩せない

予定ではもう三キロほど痩せているはずだったが、マイナス1kgのままで止まっている。バレンタインデーのチョコがいかんかったのだろうか?食事量は減らしているのだが、目方はなかなか減らんものである。
録画しておいた高倉健の映画「夜叉」を観た。昔観た覚えがあるが、音楽がトゥーツ・シールマンスと佐藤允彦、主題歌ナンシー・ウィルソンで、制作グループエンカウンターという、名前からしてジャズ好きなスタッフが作ったと思われる秀作。

 殖え続けるもの

 夫婦で唯一共通の趣味といえるのが読書である。といっても、家内が読むのは血なまぐさいミステリー小説ばかり。結婚してすぐに高さ2メートルくらいの背高書棚を通販で買ったが、持ってる本を入れただけで埋まってしまった。収まってる本の前にまた本を並べるものだから、棚板に負荷がかかって崩落寸前の状態。システムキッチンの棚の中にも、鍋ではなくて本が入っている。たいていの本は一度読むだけで再読しないから、処分してしまってもいいけれど。本を捨てるのはすごく抵抗があるのだ。もうこれ以上我が家の蔵書は増やしたくない。なるべく図書館で借りて読むようにしてるのだが、気がつくといつのまにかまた増えている(^^;
 JimmyJazzのCD、こちらも増殖し続けているけれど、ハードディスクにリッピングするようになって、CDを探さなくてもいいからずいぶん楽になった。すぐに取り出せる状態に並べておくのがたいへんなだけで、まとめて置いておくだけなら本より小さいし、そんなに場所には困らない。
 人生半分過ぎてからは、CDにしろ、本にしろ、大量にコレクションして背表紙を眺めるよりも、どれだけ内容を消化できるかが重要に思えてくる。聴ける時間、読める時間は、それほど多く残ってないからだ。

 ジョアン・ニンゲン(名無しの権兵衛)

 昨日は西淀川でも雪が積もったが、地球の裏側のリオ・デ・ジャネイロはもうすぐ夏だ。ちょうど今読んでるのは、ルイ・カストロ著「ボサノヴァの歴史外伝 パジャマを着た神様」2003年発刊。たぶん三年前に手に取ったら、バチーダだの、ヴィオランだのといった音楽用語や、ホナルド・ボスコリ、エウミール・デオダートなどの人名、そしてイ・ナーダ・マイス、エウ・チ・アモといった曲名、ブラジルの地名など、呪文のようなポルトガル語の羅列に思わず放り出していただろう。今ならなんとか読める。ボサノヴァの歴史も未開拓の領域だったのが、CDを聴きながら学習して、ぼんやりとではあるが少しは理解できるようになった。
 このように、耳慣れない単語ばかり出てくると、読書はつらい。今では隅々まで読み尽くした感のある「マイルス・デイビス自叙伝」を初めて読んだときも、聴いてないレコードや知らないミュージシャンが多すぎて、音源を買い求めて聴きながらだんだん理解していったのだった。
 そういえば昔、井上靖の「孔子」が出たとき(1989年)に、美しい箱入りの装丁に惹かれ購入したが、出てくる漢字の言葉が人名なのか地名なのか役職なのか、もうわけがわからなくなってギブアップ。今でも本棚の奥深くに眠っているはずである。25年ぶりに出して読んでみようかな?(^^;

 君よ出自を教えてくれ

 犬の散歩をしながら、渡辺真知子の「唇よ、熱く君を語れ」を聴いていたら、この「XXXよ、□□□を△△れ」という「呼びかけ+命令調」のフレーズは、元々どこからきているんだろうと疑問を持った。「唇よ〜」は、言い回しが阿久悠っぽいなと思ったが、作詞クレジットは東海林良で作曲が渡辺真知子。1980年の発売。
 そういえばアリスの曲で「君よ涙でふりかえれ」というのもあった。これは「チャンピオン」のシングルB面、作詞:谷村新司、作曲:堀内孝雄で1978年。
 さらに調べると、西城秀樹の曲で「君よ抱かれて熱くなれ」(1976年)というのがあり、こちらが作詞:阿久悠、作曲・編曲:三木たかし。阿久悠は、テレビの高校野球番組のテーマとして、「君よ八月に熱くなれ」(1977年)という曲も手がけているから、よほど君に熱くなってほしかったとみえる(^^;
 で、おそらくこれが君に命令した元祖ではないかと思うのが、西村寿行の書いた小説「君よ憤怒の河を渉れ」(1974年)で、’76年には高倉健主演で映画化もされている。
 これがどうしても読んでみたくなって、ただいま読了したところ。主人公の刑事が嵌められて、警察から追われる立場になるのだが、ヒグマと対決するわ、操縦したこともない飛行機で不時着するわ、人食いザメは出るわの大冒険スペクタクル(笑)古さは感じるけど、なかなか面白かった。映画もぜひ観てみたい。
 もしかすると、もっと古い(たとえば聖書とか)もののなかに、「君よ□□□を△△れ」の有名な初出があるのかもしれないが、誰か知ってたら教えてください。

 POPスタンド

 インドで思い出した。かつてマイルス・デイヴィスをインド人アーティストとして売り出そうという話があったらしい。もちろんポシャったけれど、たしかに眼光鋭いあの顔立ちは、アフリカ系の黒人でなく、どこかにインドの血が混ざっていると思わせる。ああ、ポシャってよかった。

 書店で平積みされてる本の隙間からニョキニョキと生えている手書きPOPを見て、おっ、これいいなと思いアマゾンでPOPスタンド購入。何かと活躍してくれそうだ。一本520円也。

POP

 インド人嘘つかない??

 今、さくら剛著「インドなんて二度と行くか!ボケ!!―…でもまた行きたいかも」をニヤニヤしながら読んでいる。旅行者から金を巻き上げようと、あの手この手で迫り来るインド人たちと著者との攻防。まあ、インド人の噓のひどいこと(笑)同じくインド発祥の原始釈迦教団は、在家信者のまもるべき基本的な戒律として、不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不飲酒の五つを五戒として定めたが、我々日本人がみると、どれも当たり前のことのように思えるのは、道徳観がしっかり根付いているからにほかならない。特に不妄語として、嘘偽りを言わぬことを入れたのは、インド人の嘘がひどいから。一説には、嘘をつくからインドでは信用取引きができず、それが近代化を妨げているとも言われている。
 この本を読みながら、わたしの親しい某社の社長が、「マスター、インド人嘘つかないなんか嘘やで。インド人は嘘ばっかりつきよる!」と憤っていたのを思い出す。過去よっぽど酷い目にあったのだろうか?でも社長、それって「インディアン嘘つかない」の間違いとちゃいますか?(^^;

 サインポール命

 本日2月11日(祝)、理容組合加入店は第二月曜・火曜連休しているが、当店は営業中。2010年に毎月の連休を返上したから、週休一日になってもう4年目になる。他所が閉めてるときに開ければ、お客がじゃんじゃん流れてくるかと思ったら大間違い。こういう日に一見さんは来ない。ほぼすべて常連のお客様である。
 道具屋のワキタ君が、サインポールの様子を見に来てくれた。これは約25年使っている祖父の形見であるから、おいそれと買い替えることはできない。すでに製造メーカーの「関西サイン」は廃業してしまっているので、別メーカーからの出張修理となりそう。ワキタ君は「床屋にとってサインポールは命」と言わんばかりに、「代車」ならぬ「代サインポール」を持ってきてくれた。おお、こっちのほうがなんだか近代的でかっこいいではないか(^^;
 当店はほとんど予約のお客様ばかりなので、オーディオの音が出ないのは困るが、サインポールが回ってなくとも当面の営業に支障はない。むしろ「サインポール命」と思ってるのは、ワキタ君のような理美容ディーラーさんなのかも。

 サインポール故障中

昨日立ちっぱなしが効いたのか、体重計に乗るとマイナス1kg。読書目標年間200冊、ブログ毎日更新に加えて5kgダイエットと、 今年はやることが多い。さして努力もなしに、勝手に伸びているのが映画鑑賞数で、はやくも今年30本。ひょっとして、テレビの予約録画を消化していくだけで、年間300本以上になるんじゃないか。
先週、サインポールの蛍光灯が切れたので、自力で交換しようと本日分解してみたが手に負えず、諦めて業者に頼ることにした。前回は自分で交換できたのだが。

 立ちっぱなし

 本日午前9時から、午後9時過ぎまで12時間休憩なし。昼食を食べた5分間のほかはずっと立ちっぱなしである。といっても、それほど忙しかったわけではない。タイミングが悪いと、ときどきこういうことがあるのだ。
「ずーっと立ちっぱなしはたいへんですね」
 いやいや、お客が来なくてずーっと座りっぱなしよりは、立ちっぱなしのほうがずーっといい(^^;
 デスクワークで腰を痛めてる人も多いときく。立って動いていればそんなこともないと思うのだが。そういえば、わたしは店で本を読むときは立って読んでいる。せっかく買った本でも立ち読みである(笑)昔は立ってキーボードを叩き、日記を書いたり、ネット対戦ゲームも立ってやってた。わたしの人生、ずっと立ちっぱなしである。

 5キロ痩せると決意する

 「おまえ、もうちょっと痩せたほうがええぞ」
 損得勘定なしで心配してくれる旧友の助言は有難く聴いた方がいい。よし!5キロ体重を落とそうと即座に決めた。肥えているのは、たんなる食い過ぎである。仕事が忙しいときなど、すぐに2キロ位落ちるが、ちょっと食べ過ぎるとすぐに顎がなくなる。痩せやすいが太りやすい。面倒なので体重は気にしなかったが、いい機会なので5キロ減に挑戦しよう。食べる量を減らせば、おそらくスッと3キロは落ちるはず。もう2キロをどう落とすかが問題だが、「●●ダイエット」とか、特にやる気はない。やはり自己イメージが問題なのだと思う。ぽっちゃりしてるのが自分だとイメージしてるからぽっちゃりをキープしてるだけなのだ。たばこをやめられない人が、たばこを吸うのが自分だというイメージが捨てきれずにやめられないのと同じ理屈。
 ひょっとしたら急に痩せるかもしれないが、病気ではないので、皆さんどうかご心配なさらぬよう(^^;

 筒抜け

 毎日ブログを書くということは、ちょっとあぶない面もある。その日に何をしてたか、どういう行動をしていたかが筒抜けになってしまうからだ。おまけに、どういう映画を観て、何の本を読んだかまでバラしてしまうと、脳みその中身を公開してるのと同じなので随分と恥ずかしい。わたし個人にそれほど興味がある人が多いとも思えないが、誰が見てるかわからない。企業秘密など肝心のところは伏せておいて、手の内を読まれないようにしなくてはいけない。
 本は22冊、映画は今年に入ってから、もう29本も観た。さては店で観てるなと、そう思われるかもしれないが、映画は自宅か映画館でしか観ないと決めている。本なら店が閑なときにも読むが、いくら自営でも営業中に映画鑑賞はまずいだろう。なぜ本は良いのかジャズは良いのかと訊かれたら困るけど、一応勉強の範疇ということで勘弁してください。

 手作りプロジェクションマッピング

projmiles.jpg
 昨年末に導入したプロジェクタークロックに、『サキソフォン・コロッサス』風の手書きのフィルムをつけて投影してみたが、悲しいことに誰も気づかない。これに限ったことではないが、当店の客待ちスペースに何を置いてもたいてい素通りで、アルコランプ(2008年導入)に今頃気づいたり、「あっ、鹿!Masterが射ったの?」とか、「こんな大きなスピーカーありましたっけ?」とか、まあお客は店主の遊び場にはさして興味がないのだろう。
 誰も気づかない『サキコロ』は飽きてきたので、今度はマイルスのシルエットを浮かびあがらせてみた。作り方は、まず、4センチ角位の大きさに収まるよう、『スケッチ・オブ・スペイン』のマイルス部分のみトリミングしてプリントアウト。去年のクリスマスプレゼントに使用した透明の袋を4センチ四方に切って、マイルスに重ねる。それをアクリル絵の具でなぞって完成。あとはプロジェクタークロックに貼ればいいだけ。小さいので15分もあれば作れるのだが、これがなかなか難しい。ちょっとずれただけでマイルスに見えなくなってしまう。さあ今度は気づいてもらえるかな?

 永遠の初心者

 いい歳して物知らずである。もう人生あと半分残ってるかどうかわからないのに知らんことばかりで、このまま死んでもいいのかと考えるともったいない。古代ローマの歴史は次回イタリアにでも生まれ変わったとき勉強するとしても、今世せっかく日本に生まれたのだから、日本の歴史くらいもう少し知っておきたい。ほとんど中学の日本史レベルにも達してないのだから恥ずかしいかぎり。こんなことなら若いうちにもっと勉強しとくんだった、とは、あまり思わない。いまから勉強することがたくさんあってますます嬉しいではないか。
 ジャズ喫茶に初めて行ったときも、新しい世界が拓けていく感覚がしたし、高級オーディオ店ではイリュージョンを体験し、パソコンを初めて触ったときも、この箱のなかに何か別世界が展開していく予感がした。いくつになっても、まっさらの知らない世界を垣間見るのは楽しい。わかったふうな口はきかない、永遠の初心者でありたいものだ。

 恐怖の映画館

 子供の頃、映画館が怖くてしょうがなかった。「東映まんが祭り」とか、あきらかに子供向けの映画がかかってるときは安心だが、ちょっと大人も観れるような作品に行くと、スリラー映画の予告編が挟まったりして、こっちは心の準備ができてないのに、いきなり大画面と大音響でグワー!!とかキャー!!とかやられるからたまったもんじゃない。いまだにお化け屋敷に入ったことがないのに。真っ暗闇のなかで逃げ場がない。一旦劇場に入れば、銀幕に映される内容を強制的に見せられるのである。時には血しぶきが飛び散る残酷なシーンだったり、エッチなシーンにドキドキしたり。何が起きるかわからない。心臓を鷲掴みにされる思いだ。だから映画なんか嫌いなんだ、勘弁してほしいと思った。中学に入って、友達と連れ立って映画館に行くようになって、気がついたら平気になっていた。
 昨日、「極妻」を観て、そのことを思い出した。映画というものは、やはりショッキングでないといけないのだ。エログロもその手段のひとつだとは思うが、それにかぎらず、こんな世界があるのかと衝撃を受けることが重要なのだ。その点、テレビドラマと大きく異なる。今の子供たちは、映画館で怖い思いなんてしないんだろうな。

 パンケーキ現象?

パンケーキ
 今朝は、”THE COFFEE TIME”で手づくりパンケーキのモーニングセットを食べた。コーヒーまたは紅茶が付いて500円。松田龍平似のバリスタ店長がハンドドリップで丁寧に淹れてくれる。
 二月になって読書二冊、四本目の映画は高島礼子主演「極道の妻たち 情炎」。鮮血飛び散るシーンは当然として、杉本彩のイレズミヌードあり、まさかのダンスありの痛快エンターテイメント。最後にはバッタバッタと何十人も敵を斬り、鍛えたわけでもないのに姐さん何でそんなに強いねんと、いちいちツッコミどころ満載で笑ってしまった。面白い。

 JBLのおかげ

 オーディオマニア以外の当店のお客様は、「(JimmyJazzは)JBLの大きなスピーカーだから良い音がするんだ」と思っている(本当はインフラノイズ製品のおかげで良い音なのだが)。一方、オーディオマニアのお客様は。「JBLなんか使ってるから音が悪いんだ」と思っている。
 どっちでもいい。いかにもスゴい音がしそうなスピーカーが置いてあって、それが良い音で鳴ってることが重要なのである。いくら良い音がしたって、ちっこいスピーカーではダメなのだ。JBLでないと。
 しかしJBLを良い音で鳴らすのはたいへんである。もう14年も使っているが、これが本当のJBLの音かと問われたら自信がない。ただ、いい感じに仕上がってきたという手応えはある。
 「音が良いかどうかなんてよくわからない」というのが大多数の本心なら、見た目に迫力があるJBLのほうが良いではないか。

 毎日更新

今年の元旦から、このブログを毎日更新している。面白いことを書こうという気負いは捨てて、好きなように、書きたいことを書く。無理はしない。短くても気にしない。一ヶ月続いた。この調子で一年間続けよう。休み休みは続かない。

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