Jensen Imperial 怪鳥の巣を訪問

Jensen Imperial

 須磨海岸近くの公園で、Kenさん、酒仙坊さん、大さんとバーベキューパーティーをやった。大いに盛り上がった後、大さんのお宅へ。”怪鳥”の異名をもつスピーカー、ジェンセンのインペリアルを聴かせてもらうのだ。

 ついこのあいだJBL4343Bからインペリアルに乗り換えたわけだから、大さんはJBL党から見れば裏切り者のジェビルマンである。うっらぎーりものの名を受けてJBLを捨てたのだから、ずっと4343を使ってるわたしとしては少々面白くない。いつか4343を手放したことを後悔させてやると怪鳥ロプロス退治に乗り出したジェビル2世であった。

 いつもの四畳半リスニングルーム、その半分を占拠してジェンセン・インペリアルは聳え立っていた。見よ、この風格!ピアノ運送業者に頼み、玄関からは入らなくてベランダから入れたそうだ。それも奥さんがお産で里帰りしてる隙に!!
 無音状態でブーンとノイズが鳴ってるが、そのノイズさえも心地よい。こいつはただ者ではないぞ。

 ほんの1時間ほど、CD、アナログいろいろなソースを聴かせてもらったが、何をかけても物凄く音が良い。なにしろ相手は畏れ多くもImperial=皇帝なのだ。昔のアメリカの大金持ちが使ってたのだろう。悪いがJBL4343とは格が違う。全面降伏である。
 クラシックとジャズの鳴りわけにうるさいKenさんもこれにはびっくり。うわごとのように「すごいわ~、普通や~」「普通なのがすごいわ~」を連発。それはすごいのか普通なのかどっちなんだろう???

 怪鳥はまだ置いただけだと仰る大さん、いや、もうこのままでエエ、何もいらんことはせんでエエ。しょうもないことやりだすと悪くなるから、あとはレコード買って聴いたらそれでエエがな。
 皆欲張りすぎて無間地獄に落ちるのだ。ざまあみろ(爆)

 オーディオ主義~洗脳より怖い洗脳

 オーディオもやっているうちにいろんな考え方に影響され、一種の主義・思想のようなものができあがっていくようだ。
 たとえば、オーディオケーブルは絶対に高級なもののほうが良いと、ほとんどのマニアが信じ込んでるのではないか。
 
 これも一種の主義・思想のようなものであるから、一度それで固まってしまうと、なかなか覆すのは困難である。いくら必死で説得を試みても話が通らない。わかったかと訊けば、わかったと言うが、じつは全然わかってない。
 相手は相手で自分の主義・思想を持ってるわけだから、こちらのことをわかってない、話が通らないと思ってるのだろう。それはわたしにもわかる(笑)

 問題は、その主義・思想でオーディオをチューニングしていった結果、良くないものを良いと言ってしまう、その現実と判断との乖離である。
 変な音が出ているのを耳で聴いても認めず、「これは良い筈だから良い」と脳みそが判断するのである。これは怖い。
 特に初心者は、自分の耳に自信が無いものだから、評論家やショップの店員さんが良いと言えば、良いと思ってなくても、これはきっと良い音なんだと信じ込む。

 また、商品説明で、もっともらしい理屈が述べられていると、こういう理由だから音が良いのだなと、ちっとも良いと思ってなくても良い音なんだと頭にインプットされる。
 自分が聴いても良さはわからないが、きっとこれは良い音が鳴っていて、わかる人が聴けばわかるんだなんてことになると、もう完全に思考停止である。

 みんな、洗脳だ、マインドコントロールだというと過剰なまでに怖がるのに、オーディオ業界の洗脳にはドンドン浸かっていくのだ。これほど怖いものがあるか。何十万で済めば安いもの、何百、何千万も払って、どうです?我が家の音は素晴らしいでしょうかって、そんなん知るかいな。

 ヒアリングして詰めて、誰が何と言おうとこの音が好きだとするならば、どんなに稚拙で変な音であろうとも、わたしはその音に対して深く敬意を表するものである。
 しかし、このような理由なので良い音の筈ですみたいなのは、もういい加減にして欲しい。素直な耳で、音楽をちゃんと聴きたまえ。

 ヤバすぎる芸術

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 オーディオのカオス

 今月発売の某オーディオ雑誌を見てたら、「電源ケーブルはアンプ本体の10分の1の価格のものに交換せよ」みたいなことが書いてあった。いったい何を根拠にそんなことを書くのか。
 そのほかにも、空いている入力端子にはプラスチックのカバーを差しなさいとか、もうムチャクチャである。何も知らない初心者は信じて実行するだろう。わたしもかつて実行したが、全部元に戻した。
 何度も言ってるように、オーディオを機械だ、マシーンだと認識してるから、悲しいかな、そういうもっともらしいウソに引っ掛かるのだ。

 それはバイオリンのfホールを粘土でふさぐと音が良くなると言ってるのとほとんど同じだ。ベースの弦を高純度の金属で作ったり、弦に電磁波吸収体を巻きつけたりして音が良くなると言ってるのと同じだ。

 スピーカーの下に木製ブロックを敷けば、その木の音が再生音に乗ってくるのは理屈としてわかるだろう。では、下に電磁波防止シートを敷いたら?上に載せたら?
「いや、これは電磁波を防止してるのであって、音を付加してるのではない」
 防止するのが電磁波だろうが振動だろうが放射能だろうが、ユーザーの意思とは関係なしにその素材の音は再生音に乗ってくる、これは避けられない宿命なのだ。

 オーディオの機械としての側面は、当然の事ながら各メーカーで存分に検討されてるようだが、楽器としての側面を考慮してるメーカーの、なんと少ないことよ。そもそもなんで床屋のわたしが言わなきゃならんのかと情けなくなる。
 ああ、そうか、楽器なんだとわかれば、いろんな問題がみるみる氷解する。まるで地すべりを起こしたようにピースが結合、オカルトのタネまでもが見えてくる
 オーディオの混沌を抜け出す第一歩は、まずオーディオは機械でなく楽器だと認識すること。ジャズだクラシックだの話は後でいい。理科や算数が苦手でも音楽が得意ならオーディオはできるのだ。

 出したい音のイメージを考えてみる

 今、現時点での音の良し悪しは別にして、JimmyJazzの理想とするサウンドイメージを書き留めておこう。まず、何にもまして重要なのが音量だ。一昔前のジャズ喫茶のように、話もできないほどうるさいのはダメ。喫茶店なら「ホット」とか、「アメリカン」とか、口の形で注文できるかもしれないが、床屋だとそうはいかない。髪型の注文をするのに、お客さんが大声を張り上げないといけないなんて、考えただけで疲れてしまう。大音量だと高圧的で、なんだかケンカ腰のようだし、そもそも店がヒマなのに音ばかり大きいと、まるでヤケクソみたいではないか。
 音量は大きすぎず、かといって聴き取れないほど小さすぎもせず、話そうと思えば楽に話ができて、音を聴こうと耳を傾ければ、スッと音楽に入っていける、音量の大きさ、小ささを感じさせないのが理想である。

 かけるソフトは1950年代のジャズが中心だが、いわゆる旧き良きビンテージサウンドではない、ハイファイを目指しているつもり。ただし、本人は現代的だ、ハイファイだと思っていても、傍からみれば古くさ~い音が鳴ってるなんてこともありがちなので、実際にはどうだかわからない。
 ただ、魅惑的なビンテージ機器に惹かれつつも、導入しようとしないのはそのへんが引っ掛かってるからだと思う。

 初心者の頃は、歌手の息継ぎの音など、微小な雑音やホールトーンやら、音楽に関係ないものが聞こえたら喜ぶ傾向があったのだが、そういうのは一旦置いといて、ジャズ本来のアドリブの語り口、難曲「ラウンド・ミッドナイト」でマイルス・デイヴィスが言うところのメロディの関連付けがうまく表現できるか、紡ぎ出すアドリブがただの音符の羅列でなく、意図を持って聞えてくるかどうかに関心が移っている。それらがちゃんと表現できたなら、雑音などは勝手についてくるだろうし、もし万が一ついてこなくても、音楽を再生するという目的は果たしているから文句はない。雑音など、元々無くたって全然構わないのだから。

 日本一音の良い理容室

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 電気仕掛けのアコースティック楽器

 オーディオ装置をマシーンだと考えてる人とは、どうしても話が食い違う。マシーンだと捉えてるから、単に性能が高いとか低いとか、情報量が多いとか少ないとか、ロスがあるとかないとか、高性能部品に替えればいいとか、勝つとか負けるとか、値段は高いほうがいいとか、そういう感覚になるのだ。
 わたしはオーディオのことを、電気仕掛けのアコースティック楽器だと思っている。だから、マシーン好きの人とは相容れないのも当然なのだ。

 前にも言ったことがあるけれど、「チューニング」という言葉がひとり歩きして、「チューンナップ」とか「フルチューン」とか、妙な表現がオーディオ界にまかり通るようになった。これなんかも、オーディオをレーシングカーなんかのマシーンと同一視してる証拠である。
 本来、「チューニング」とは「調律」のことで、弦の張力を変えたりして音程を合わせ、音楽が演奏できる状態に調整することだ。名機を正しく調律し、名人が演奏すれば、素晴らしい音楽が出てくるのは勿論だが、そこそこの楽器であっても、調律さえ合っていれば良い音がする、そういうスタンスだ。

 ドナルド・バード(tp) 『A New Perspective』

ドナルド・バード(tp) 『A New Perspective』

 本作でバードは単なるラッパ吹きからコンポーザーへと脱皮、男女混声コーラスを取り入れた革新的ゴスペル・ジャズ作品である。[1]のダサくてスペクタクルな雰囲気がなんともいえない。マイルスのバンドを辞めてホッとしたのか、こんなソロを演らせたらモブレーは最高。一方ハンコックはマイルスのもとで決して弾かない黒々としたピアノで大活躍。10人以上の大所帯バンドであるが、互いに合わせようという気はさらさらなく、それぞれ好き勝手に天に向って手を差し伸べる、このバラバラ感がファンキーなのだ。[3]はブルーノートを代表する名曲。本作を聴くと、映画「続・猿の惑星」でミュータントが核ミサイルを崇拝するシーンを思い出す。 ★★★★

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 手作り音響レンズ

障子のような軽い木でできたレンズ

 そういえば、ずいぶん前にKenさんがJBLでクラシックを鳴らすために作ったという音響レンズがあるのを思い出し、4343に久しぶりに取り付けてみた(よくもまあ何でも作る人だ)。(^^;
 わたしも、あの頃とはずいぶん音の嗜好も変わったから、今ならひょっとすると気に入るかもしれない。
 うぅむ、悪くはないが、見た目のせいかなんだかスースーする。それにJBLの音がきれいさっぱり消えてしまうではないか。こないだのアルテックのツイーターと正反対で、装着した途端にジャズが鳴らなくなる。そうだ、そうだった、これで使うのを断念したのだ。
 いつもはJBLのサランネットをつけてるわけだし、純正レンズの2308の出物があるまでは、レンズなしで気長に待つとするか。

 ビートの干渉~欠けた音響レンズ2308

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 2007年9/24 JJ工房レポート・その6「ジャズ再生とクラシック再生」

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 2007年9/24 JJ工房レポート・その5「インシュレーターはなぜ効くか」

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