理想の老人像

「俺も歳とったらJimmyJazzの Masterみたいに蝶ネクタイ締めて、バーボンでも飲みながら、いいオーディオでジャズでも聴きたいものだな」

 と、言ってもらえるように必死で頑張ってます。若い人たちにいかにしてかっこいい老人像を示すか、これが目下のところ人生最大の目標になりつつある。
 決してかっこよくないブサイクなおっさんが何ほざいとるかってな話で恐縮だが、端からあきらめてただブサイクでみじめな老人になるか、ちょっとでも努力して感じのいい老紳士になるかだったらわたしは後者を選びたい。

 わたしは驚いてるのである、自分が歳をとるとこんなにもみっともない姿になるのかと。これは「押し止める」程度だと絶対に間に合わない、もっと強くプラスの方向に打ち出していかないことには哀れを誘うばかりだ。

 かくいうわたしがなりたい理想の老人像は昔からフレッド・アステアなのだが、スクリーンに踊るアステアが今やわたしの年齢より若い時の姿だったりで複雑な気持ちになる。
 ただ、アステアは老いても常に颯爽としててきぱきと動いていたそうである。老人の何がいやって、動きがもたもたするのがいちばんいやなのだ。人から何かを言われてサッと動く人は気持ちがいいけど、もたもたする人って何かイラッとするでしょう。

 軽快に俊敏に颯爽としててきぱき動く、お洒落で感じのいいおじいちゃんになる。少ない資金と髪の毛でどう実現していくか。自分の姿を写真で見るたび「まあまあイケてるじゃないか」と思ったり、「ああ、やっぱりダメだ」と落ち込んだりの毎日なのだ。

 写真には映らないが、生き方がかっこいいものかどうかは最も重要だ。嘘を言わず正直で、人の気持ちが理解できて、誠意ある生き方ができたら理想的だな。


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