失敗が失敗に聞こえない

 ハービー・ハンコックは『マイ・ファニー・バレンタイン』のイントロを間違えたのではないかとわたしは疑っている。お花畑を蝶が舞うようなリリカルなピアノのイントロに導かれ、「オーレーのーバーレンタインー♪」とミュートトランペットがむせび泣くのが第一期黄金のクインテット時代の「マイ・ファニー・バレンタイン」だったが、ハービーの弾くイントロはあろうことかいきなり終了に向かおうとする。そこでマイルス、すかさずぽつりと「オレのーバレンタィン♪」なんだなんだこのシャンソン風の入り方は?!と思っていると、ハービー動揺しながらも音を継ぐ。「スィーコミバレンタィン♪」そうか、こうすれば失敗が失敗に聞こえない。「ユウウーメークミースマアアアアアーーーーーイ!!!ウィ〜マァハァー」ここでベースのロン・カーターが滑り込む。不安を抱えながらのスタートである。どうにかこうにかワンコーラスを吹き切ったあたりでドラムのトニー・ウイリアムスが4ビートで入ってくるが、ベースの三連符繰り返しがキマッてる。これ即興で思いついたとしたらロン・カーターも天才だ。なんとスリリングな演奏か?!客席から拍手が巻き起こる。ジョージ・コールマンによる熟練のソロに続いてハービーのピアノへとソロの順番が廻ってくるが、当日ステージの音響は最悪で、よく聞こえないコードの音を探りながら慎重にソロを展開する。
 御大マイルスはこのシャンソン風イントロを気に入り、これ以降黄金のクインテットでの「マイ・ファニー・バレンタイン」はこのスタイルを踏襲する。


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