エソテリックX0-1 Limited 対 インフラノイズDAC-1

 19日(月)K谷さん宅へ行って聴いてきました。
> > X-01(内蔵DAC)とDV-50+DAC-1との比較
> >   同  上    とX-01+DAC-1との比較
 我らがDAC-1が130万のX0-1 Limitedをちぎっては投げちぎっては投げ、と書きたいところであるが、あくまでも大人のレポートを心がけます。(^^;

x0.jpg

 まずはX-01単体での試聴。さすがに良い音します。なんちゅーか気品があるね。そらウチの三万円のプレーヤーとは違いますわ…って、なんだか妙な期待感をもって見られてる気がするな…(^^;
 
 皆さんはやはりこの130万という価格に注目してるのだろう。「20万のDAC-1が130万のX-01を凌駕する!」と言ったら、そらお買い得だというふうに考えてるのだろうか。
 いや、でもね、そういう単純なもんじゃないですよ、オーディオって。一直線の座標軸があって、そのうえでこっちが優れてるとか勝ってるとか負けてるとか、そんなのはアンポンタンの言うことです。
  「オーディオは値段じゃない」とか言っておいて、舌の根の乾かぬうちに「○○万クラスにも負けない音」なんて、矛盾してるゃないか。そら「オーディオは値段だ」と思ってる証拠やで。

 まあ、それはともかく、X-01からK谷さんがメインで使ってるDV-50とDAC-1との組合せに切り換える。すると途端に柔らかく伸びやかに鳴る。まるで奏者のギブスやコルセットが取れたみたいに。
 こう書くと、やっぱりDAC-1の勝ちみたいだけど、コルセットつけた女性が好きな人がいるように、X-01のように重厚で威厳に満ちた音が好きな人も少なからずいるはずだ。特にハイエンド志向の人に。

 次に綾戸智絵のハイブリッドSACDソフト『MY LIFE』でDV-50とX-01との比較(DAC-1はSACD非対応なのでお休み)。 ここではDV-50に比べ、X-01がさすがの再現力を見せる。DV-50だって決して安くはないが、これこそ値段の差ってもんだろう。
 ところが、X-01にDAC-1を繋ぎ、ハイブリッドSACDを通常のCDモードで鳴らすとこれがまた良いのである。ボーカルの顔の筋肉が柔らかくとても表情が豊かだ。

 様々なパターンを試し、値段は度外視してどれを採るかと言われたら、結局はDV-50とDAC-1の組合せがベストに思えた。使い慣れてK谷さんのシステムに馴染んでいることもあるが。その点X-01は若干不利ではあった。借り物だからしょうがないか。(^^;
※DAC-1関連エントリー


« JBL S3100のエッジ交換に挑む [2] | メイン | 「A&Vヴィレッジ」2006年7月号発売 »

コメント

    JAZZもOKか!

DAC-1を繋いでもJ.J.で聴くシンバルの響きが我が家では出ない。
炸裂するシンバルの響きを欠いたオケも迫力半減だ。

以前からスピーカーの保護ネットが悪さをしているのではないかと
気にはなっていた。

欲求不満が溜まりに溜まったところで一大決心。
思い切ってインフィ二ティ エプシロンの保護ネットを外すこととした。

脱着式でないため汗だくで吸音材を全部放り出し、外し難いビスを外してやっとの思いで保護ネットを外した。

観かけの悪さを割り引いても絶賛に値する音の変化。
My録音のシンバルが強烈に炸裂し、その響きが生々しく迫ってくる。 

今までJAZZは苦手であったがこれならMasterから"JAZZ OK” が出るかも。

         K谷

投稿者 K谷 : July 18, 2006 06:10 PM

K谷さんの悩みとは....

M谷さんによれば、小生が「多くのケーブルを持参して差し替え、K谷さんの気持ちを揺れ動かしてしまった」とある。何も、高級ケーブルを持参して、K谷さんを誑かしに行ったわけではない。
実はK谷さんは日米の超高級ケーブルを使用しておられる。当日持参したのは、日本製のありふれたケーブルである。価格が「高・中・低」とあれば、迷わず「低」を選択するのが小生の行き方である。
たまたま、オルトフォンの「低」が良かったが、K谷さんの迷いとは、「高い方のケーブルを買えばもっと良くなるのではないか」という「煩悩」である。
K谷さんは、良いと思ったことはどこまでも追求する。このことが、良い結果をもたらすこともあるし、道に迷うことにもなる。最近はK谷さんのシステム全体のクォリティが上がってきたので、何をやっても、良い方向に行く場合が多い。
K谷さん、インフラノイズの純正ケーブルで十分でした。もし、もう少し「色気」が欲しいなら、迷わず、オルトフォンの「低」で行きましょう。
それにしても、Jazzも良かったですね。
                 越の聴楽酒仙房

投稿者 越の酒仙房 : July 17, 2006 06:42 PM

今日久しぶりにK谷宅におじゃました。半年ぶりである。前回始めてDAC-1の試聴器でK谷宅の音を聴いた時は、すでに完成した音として私の耳には記憶されている。
その時の音に比べてどのように変化したかが楽しみで、お伺いした。前回以上の変化は正直期待していなかったが、トランスポートをスチューダに変更したためなのか、外部クロックを利用しているためか、前回の音以上のクリアーな音が自慢のインフィニティから出てきた。私は音を聴くときいつも響きや余韻がきれいに出て音楽を気持ちよく聴くことが出来るかどうかで判断するのだが、この面では完璧に近いと判断した。
お暇する少し前まではほとんどの曲が間接音重視のクラシックで若干ではあるが音全体が高域方向に引っ張られているようにも感じたが、JAZZの直接音がハッキリと分かるCDをかけて頂いた時、シャッポを脱ぐことになった。低音部についても気持ちの良いクリアーな音が出てきたからだ。
いずれにしてもDAC-1があまりにも良すぎるために、ついつい周りの機器をそれ相当のものに替えてしまったためなのかもしれない。本当にうらやましい限りの音を手に入れられたと思う。
美味しいお酒と肴に美味しい音で、本当に気持ちよく酔えた1日を過ごすことが出来K谷と奥様には大変感謝している。越の聴楽酒仙房さんはこの音になるまでずっとつき合ってきたとのことで、この日もケーブルの違いについて多くのケーブルを持参して差し替えていたのだが、コレがK谷さんの気持ちを揺れ動かしてしまっている。
オーディオの奥は深い。

投稿者 M谷 : July 16, 2006 02:50 PM

酒仙房氏はどうもアドリブが苦手とみえる(^^;

投稿者 Master : July 9, 2006 12:39 PM

オルソスペクトラムレーベルのCD

アナログとCDの比較試聴をしていると、オルソスペクトラムレーベルのCDが届いた。宇野功芳企画・指揮、「有山麻衣子幻のコンサート」である。

早速、試聴にかかる。聴き始めは、なんということはない。透き通った声ではあるが、ごくあたりまえ。ビブラートは不足気味、テクニックでは迫ってこない。ピアノはワンポイント録音のせいか、ぼけ気味。

しかし、聴き進むにつれ、今までにない「非オーディオ的感覚」にとらわれる。どう形容したらいいだろう。ナチュラルでストレスフリー、森の緑の匂い、銘水の味わい、そよ風が通り過ぎていく感触、漢語でいうと端然にして自若。「穆として清風の如し」。だんだん引き込まれていく。隣の部屋に行って聞くと、まるで音大出の若い娘さんが本当に練習しているように聞える。

一つだけ、「オーディオ的聴き方」をしてみれば、S/Nがいい。静寂の中から、声やピアノが、すうっと現れ、音の立ち上がりと消え行くさまがよく分かる。

子供に聴かせれば、切れる子はいなくなるだろう。胎教で聴かせれば、やさしい心根の子供が生まれるであろう。認知症の音楽療法にも効果があるかもしれない。相当に“アルチューハイマー”を患っている身には実に心地よい。童謡が多いので、幼子に戻った感じがする。やまとことばの美しさを再認識した。

オーディオを忘れてしまいそうな、1枚のソースとなった。
是非とも第2作を期待したい。第1作は童謡と小学唱歌が多かったので、歌曲が欲しい。メロディーは山田耕作、滝廉太郎、団伊玖磨、中田喜直など、詞は北原白秋、近藤朔風、武島羽衣、そう江間章子やサトウハチローもいい。日本語の詞のついたスコットランド民謡、ドイツ民謡もいいだろう。

                     越の聴楽酒仙房


投稿者 越の聴楽酒仙房 : July 8, 2006 08:06 PM

4350のエッジ修理しましょうよ。一人では大変でしょうから手伝いますよ。

投稿者 Master : July 8, 2006 05:23 PM

アナログ対ディジタル

DAC-1によるCDの音質向上が認められたことから、「DAC-1がアナログ的」であるとか、「今やディジタルはアナログを超えた」とか、「アナログ対ディジタルの比較論」といった議論が喧しい。

酒仙坊のソース系は、アナログがSPU-G Classic/SME3009/47研究所Model4718であり、ディジタルがSA-11S1/ABS9999/DAC-1である。この両者で同じ録音のアナログレコードとCDの1:1比較試聴をしてみた。

ソースは以下のものである。同じ録音であることは、録音年月日と録音場所で確認した。
ハイフェッツ/シカゴ交響楽団     チャイコフスキー「V協奏曲」
ベルリンフィル・デュオ         「Amazing DuoⅠ」
イ・ムジチ                ロッシーニ「弦楽ソナタ」
クレンペラー/フィルハーモニア    ベルリオーズ「幻想交響曲」

ハイフェッツでは、双方ともナロウレンジで、いかにも録音が古いように聞える。しかし、ハイフェッツ独特の速いパッセージや派手とも思える巧みなボウイングは、CDでもアナログに負けずに出てくる。

ベルリンフィル・デュオでは、この盤を低音のリファレンスとしてよく聴き込んだせいか、アナログの盤質が良くなく針音も大きいが、CDではこの問題はない。フォーカスがやや甘めで、チェロとコントラバスの低音楽器の響き全体を捉えようとしている録音のスタンスは両者ともうかがい知れる。

イ・ムジチとクレンペラーのアナログでは、甲乙つけがたく、ともに非常に鮮度の高い音がする。パッシブアテネーターの切り替えで、瞬間的に1:1をして見るが、ほとんど分からない。じっくり聴きこんでいくと、こちらがアナログらしい、こちらがCDらしいとそれらしい区別できるが、ぼんやり聴いているとすぐに分からなくなってしまう。ともに、録音がよく、特にクレンペラーの幻想のCDではアナログは不要と思わせるくらいの出来である。マスターテープのクオリティが高くリマスタリングの技術が高いのであろう。クレンペラーの幻想のCDはEMIの廉価版シリーズであるが、このシリーズではCDケースの裏面にはリマスタリングの技術者の名前が入っている。

メインのアンプはLangivinのビンテージ、スピーカーもTelefunkenのビンテージなので、アンプとスピーカーのグレードが低いだろうと思われるかもしれないが、一応両方とも元を質せば局の検聴用である。そんなに反応が鈍いとは思われない。

ともかく、DAC-1のおかげで、CDが限りなくアナログに近づいたことは間違いない。

                   越の聴楽酒仙房

投稿者 越の聴楽酒仙房 : July 7, 2006 07:03 PM

御託宣は正しかったか?(後日談)

御託宣の検証後日談であるが、K谷氏は、これらの試聴後、脱力感に襲われたもよう。思ったことが達成できない無力感ではなくて、思ったことが、いとも容易く達成できてしまったことで、目標を定めて走り続けてきたことの緊張がとれたのでしょう。
酒仙坊の自宅システムの方向性が見えたことも収穫です。ビンテージアンプと言えば聞こえは良いが、実際は骨董的がらくたアンプで駆動するJBL4350に、30年、40年まえのスピーカーを加えたスーパーステレオでも、K谷氏の踏み固めた道の後追いで、ハイエンドに負けない世界を現出できるという感触が得られたからです。
なお、インフラノイズの機器は、それらを順次加えていくと、独特の世界に浸れるようになる。誤解されないように言っておくと、所謂「××トーン」と称される積極的に自己の世界に染め上げていくものではない。作曲家や演奏家の情念、心の揺らぎを引き出していくので、それらが見えてくるのでしょう。その証拠に、クレンペラーやライナーなどのアナログ録音の廉価版CDのプレイバックに、おそらくは当時の演奏がかくあったであろうという情景が生き返るからです。
K谷氏の到達した現状は、過日の最新のハイエンド高額機試聴のとき、K氏に「音楽がこう鳴ってほしくない」と言われたところから、K氏に「音楽がこう鳴ってほしかった」と言わしめるところまで短期間に到達したのではなかろうかと思います。
なお、聞く所によると、K谷氏は「夜の蝶ケーブル」や「ボンデージケーブル」と手を切り、まっとうな音楽人生の道に戻られれたとのことです。
            越の聴楽酒仙房

                

投稿者 越の聴楽酒仙房 : June 30, 2006 07:17 PM

御託宣は正しかったか?(その2)

越の酒仙坊氏の自宅のシステムは、JBL4350をオール真空管のビンテージアンプでマルチアンプ駆動し、さらに最近、スーパーステレオまで真空管アンプで組んでいるが、ここでは、これらの詳細には触れない。氏の要望は、47研究所の信楽シリーズのCDトランスポート、モデル4716とBirdlandのDAC、Odeon-liteで聴いているが、インフラノイズのABSでクロック制御したDAC-1に変えるとどうなるか、モデル4716とスチューダーA 727はどのように違うかを確認したいとの要望であった。

まず、オリジナルのモデル4716とOdeon-liteの組み合わせで聴いてみる。
シンプル イズ ベスト。往年の名女優原節子を思い出すような清楚で気品に満ちた 所謂、オーナーの品格が現れた音調で、モデル4716の最短配線による雑味のないスッキリしたサウンドである。ここでは、色気云々をいうべきではなかろう。じゃじゃ馬JBLが、ビンテージアンプで飼いならされている。

次に、Odeon-liteをDAC-1に替えて、モデル4716→ABS-7777+CRV-555→DAC-1の流れで聴いてみる。DAC-1にはオルトフォンのケーブルを繋いでいる。
清楚感をベースに厚みが増し、温度感、陰影が現れる。永遠のマドンナ、女優吉永小百合のイメージが頭をよぎる。アナログ的と云うかピラミッド型サウンドである。つまり、モノクロ時代の名女優原節子のイメージから、より現代的に変身したと言える。

ここで、モデル4716をスチューダーA 727に替え、スチューダーA 727→ABS-7777+CRV-555→DAC-1の流れで、ABS-7777からCRV-555とスチューダーA 727の両方にクロック制御をかけて聴いてみる。
一気に情報量が増し、肉感的な低域でゾクゾクする。適度なソフトフォーカスも魅力。露出度(解像力)に好みが分れるところであるが、女優杉本彩を思い出す音調である。しかし、決して、叶姉妹の域までは行っていない。

最後に、スチューダーA 727→DAC-1 の流れで、ABS-7777からスチューダーA 727にクロック制御をかけて聴いてみた。
情報量は多く、ソフトフォーカス感(CRV-555によるものだったのか?)が消え、明晰で解像度の良いサウンドとなる。昨年、ザルツブルク音楽際で絶賛された歌劇「椿姫」のアンナ・ネトレプコのごとく音楽にエネルギー感が迸る。

ここまでは、スチューダーA 727の電源ケーブルが、酒仙坊氏の曰く「夜の蝶ケーブル」であったため、インフラノイズの電源ケーブルに替えてみた。
怪しい部分(「夜の蝶ケーブル」の癖か?)が薄らぎ、安心して聴ける音調、音でなく音楽が心に浸透してくる。NHK国谷弘子キャスターのような理知的で明晰、解像度の良い音である。音楽に信頼感を与えてくれる。

以上、本日の後半のまとめとして、真空管アンプのマルチアンプ駆動のJBL4350のシステムにおいても、前半の結果が再現された。

以下、本日の前半、後半を通じてのまとめとして、ABS-7777でクロック制御したDAC-1は、
1)CDPそのものの素姓を引き出し、素肌美人に仕立ててくれる。それゆえ、再生音楽の不自然さがなく、素直に音楽に入り込める。
2)デジタル臭さが無く、アナログ的である。
3)音楽的表現力(具体的に表し難い)がオーディオ、オーディオした物とは別次元である。つまり、ピアノや弦楽器などそれぞれの楽器にはこう鳴って欲しいと云う思い入れがあるが、それに応えてくれる。
 等、他のDACとは一線を画したところがある。
 
スチューダーA 727は、
1)光ディスクというメディアからどのような情報を引き出すかを明確に意識して作られた工芸品と云う印象を受けた。
2)ABS-7777とDAC-1のニューテクノロジーを得て潜在能力の全てを出し切ったように思う。

なお、今回の試聴後にCDからコピーしたCDRを聴いてみたところ、コピーしたものは劣化の為か 音がボケ・立ち上がりが鈍くなる傾向にあるが、クロック制御したDAC-1を通すと元のCD(活性化した?)と同じようにエネルギーに満ちた状態に戻ることを発見した。

                                 K谷


投稿者 K谷 : June 29, 2006 04:07 PM

御託宣は正しかったか?(その一)

K谷氏はK氏の御託宣に従い、スイングアームメカの定番スチューダーA727を入れたという。思い立ったら突進あるのみが、K谷氏の身上であるが、これほど素早いとは思わなかった。そこで、K氏の御託宣の検証方々、DAC-1を借用して自宅でテストする目的もあって、再びK谷氏邸を訪問した。
まずは、スチューダーA 727の内臓DACからチェックを開始。なるほど、最近のCDPとは一味違う。しかし、DAC-1の味を知っている以上、今ひとつ音に深みがなく、平面的に聴こえる。
そこで、CRV-555を通さず、ABS-7777+スチューダーA 727→DAC-1の流れで、スチューダーA727のみのクロック制御を行ってみる。(注.A727のクロック制御には若干の改造が必要)切れ込みのよい、明晰で解像力の良い音であり、ソースの中身を洗いざらい出し切っているように感じる。次に、スチューダーA 727→ABS-7777+CRV-555→DAC-1の流れで、ABS-7777からCRV-555のみにクロック制御をかけてみる。聴きなれたDAC-1のグレードが格段に上がった感じであり、音に艶がのってくる。アナログ的ともいえるが、明晰さは先ほどに比べて劣る。そこで、ABS-7777からCRV-555とスチューダーA 727の両方にクロック制御をかけてみる。すると、明晰さと艶の両方のバランスが取れ、好ましい。ハイドンのチェロ協、諏訪内のVソナタをかけると、これぞ、スイングアームメカとDAC-1の組み合わせの妙というか、御託宣は正しかったと結論できる。
しかし、K氏の推奨は、最初のCRV-555を通さず、ABS-7777+スチューダーA 727→DAC-1の流れで、スチューダーA 727のみクロック制御を行う方法であると言う。どこか変えてみるところはないかと探ってみると、DAC-1の電源ケーブルが、なにやら「夜の蝶的」雰囲気の紫色のケーブルである。そこで、ABS-777+スチューダーA 727→DAC-1の流れで、スチューダー727のみクロック制御を行う方法に戻し、「夜の蝶ケーブル」をDAC-1の純正電源ケーブル、米国製電源ケーブル、持参したオルトフォンの電源ケーブルとつぎつぎと変えてみた。オルトフォンの電源ケーブルを持参したのは、DAC-1を好ましい方向に変えることが、酒仙坊で検証済みであったためである。
純正電源ケーブルはさすがに中庸でクセがなく、端正な音である。「夜の蝶ケーブル」は、切れ込みは良いが情緒がない。米国製電源ケーブルは問題外で、オルトフォンの電源ケーブルは、アナログ的情緒を振りまきながら、かつ情報量が低下しない。この状態で、先ほど来のハイドンのチェロ協、諏訪内のVソナタに加えて、ホルストの惑星をかけてみた。チェロの纏綿たる情緒、諏訪内のボウイング、惑星では木星のスケール感など申し分ない。ホールの前方の席で聴いているように音の分離とキラメキに圧倒された。これまでのK谷氏邸では幾度となく、カルチャーショックを受けてきたが、このスイングアームメカの定番とDAC-1の組み合わせは、中でも特筆すべき出来事であった。K谷氏もほくほく顔である。「夜の蝶ケーブル」以外にも、怪しげな、「黒大将」やら、「つちのこ」やら、テープでぐるぐる巻きにされた「SMボンデージケーブル」など、いろいろなケーブル類がとぐろをまいている。いったん、癖のないインフラノイズの純正ケーブルに戻し、少しずつ、フィーリングのあう個性のケーブルを見つけてファインチューニングされていくことを推奨してK谷氏邸を辞し、K谷氏のご好意で、DAC-1のみならず、スチューダーA 727まで一切合切を車に積み込んで、我が家での御託宣の検証に移ることにした。この結果は、K谷氏の報告に委ねます。

                    越の聴楽酒仙坊

投稿者 越の聴楽酒仙房 : June 28, 2006 08:30 PM

“御託宣を受け”

「スイングアームメカの定番」を求め、K氏に相談。
運良く「STYDER A727」の良品に早々と巡り遇えました。

音出しの瞬間からその違いが分かります。
温かい、熱気を感じる---、
表現が難しいです。

今までやかましく聞こえていたところが実は熱気だったことが分かりました。
ピアノの音色、響きが全く違います。
弦の艶もやっと現れました。

今までの荒れ肌、カサカサ感が無くなり
しっとり肌に変身。

分析的に音を捕らまえ、定位がどうとか、余韻感がどうとか、使いこなしが云々 とかの次元では表現出来ません。
しなやかでナチュラル、音楽に包み込まれる快感が味わえます。

STUDER A727+ABS7777+DAC-1 の組み合わせ。
K口無線で聴いた ゴールドムンド EIDOSU REFERENCE
(税別850万円)のサウンドを思い出しました。

スイングアームメカの良さをDAC-1が上手に引き出してくれているのでしょう。
DV-50、X-01、マランツCDR-640もメカの素姓を素直に引き出してくれていたようですね。

投稿者 K谷 : June 24, 2006 02:16 PM

DAC対決の意外な結末

K谷邸でのDAC対決の噂を聞きつけて、これは聴き逃すまいと、いそいそと出かけました。以下はそのレポートです。

まずは、X-01(内蔵DAC)とDV-50(内蔵DAC)。問題なく、解像度、音場の広がりで前者に軍配。X-01(内蔵DAC)と【X-01+DAC-1】は後者。DV-50(内蔵DAC)と【DV-50+DAC-1】も後者。やはり、DAC-1は、高額製品と言えども、その内蔵DACを苦もなく凌駕する。

しかし、待てよ。少し、おかしい。確かに、DAC-1の効果は顕著だが、以前に聴いたDAC-1のイメージと異なる。繊細で音場の広がりもあるが、クールで熱気が伝わってこない。同行のK氏は、「そうあってほしくない音楽表現」とまで言い切る。よく考えてみると、この前のDAC-1試聴のときのCDPはDV-50も使われたが、ほとんどマランツのCDR-640ではなかったのか。そこで、CDR-640とDAC-1の組み合わせを所望。なんと、CDR-640はソファーの下で眠っていた。K谷氏がCDR-640は高額製品に敵わずとしてしまいこんでしまったもよう。

CDR-640とDAC-1の組み合わせで再開。音の粒子はそれほど細かくはないが、熱気があって、しかも心地よい。オーケストラが子守唄となってしまった。ソファーの下で眠っていたCDR-640が、寝た子のDAC-1を起こし、目覚めたDAC-1がα波を刺激して、リスナーが眠ってしまったという次第。

ここで、同行のK氏の御託宣は、「スイングアームメカの定番に行きましょう」。K谷氏の方向はここで決まった。というわけで、DAC対決がトランスポート対決にもなってしまったという意外な結末。

しかし、以上はあくまで、ラヂオや電蓄で育った世代の、それもクラシック畑の感覚であって、CD世代で、特にハイエンド志向のオーディオファイルには、違和感があるだろう。なお、近年のハイエンドの音は何か変だとは、ステレオサウンド最新号に菅野氏も書いている。菅野氏によれば、最近のオーディオは、「ツルツルの質感で、温度感が低く、曖昧さの美がない」という。そう言われれば、ステンレスの茶碗で茶をたてたり、クロム鍍金の花瓶に侘びすけが飾られているようなものだろうか。黒楽や備前の方がしっくりするのは言うまでもない。未だに真空管アンプから抜け出せないのは、オーディオに温度感や曖昧さ、中間色、グラデーション、ファジーさを求めているのだろうか。

以上の結果で、スイングアームメカのマランツCD-95とDAC-1の組み合わせの良さを経験済みであったため、わが意を得たりというハッピーな結末となりました。それにしても、ディジタルの世界でも相性はあるのか?オーディオの奥の深さを改めて知った次第です。

                                         越の聴楽酒仙坊

投稿者 越の聴楽酒仙房 : June 22, 2006 08:14 PM