新品という名の幻想

 ずっと中古レコードや中古オーディオ機器にまみれた生活をしてると、「新品」という価値をついつい軽視するようになってくる。自分が他人の手垢がついた中古でも平気なものだから、人様だって平気だとつい錯覚する。平たく言えば、デリカシーのない、なあなあのだらだらした性格になってくるわけだ。(^^;
 なんであれ、厳密には新品というのはありえない。

 それは一種の幻想ではあるが、それが大多数の人にとって気持ちが良い、快感をもたらすものであるという視点を忘れてはならない。わたしも客商売をしているのだから。

 このところ、スーパー銭湯だけでなく、食べ物屋さんや喫茶店など、いままで入ったことのないお店に、積極的に行ってみるようにしている。そこで客として新品の心地よさを味わうよう勉めているのだ。
 今まで恐ろしくてとても近づけなかったスターバックスにも行って、何が何だかわからないままに、「抹茶フラぺチーノ」とかいうものを頼んで飲んでみたらうまかった。(笑)

 新しいお店は、全部新品であるから当然気持ちがいい。しかし、どんな洒落た店を造っても必ず古くなる。新装したところで、オーナーが気を抜いて放置してたなら、それこそ数ヶ月もあれば古臭い、だらしない店になってしまう。恐ろしいことだ。

 たとえばホテルや旅館などのサービスは、とても参考になる。客が泊るたびに改装するわけにもいかない。当然内装や設備は汚れたり古ぼけたりしてくるわけだが、要所要所に新品(アメニティグッズ等)か、それに近いもの(糊の利いた浴衣やシーツ、タオル、新聞など)を配置して居心地のよさを演出している。

 何度も言うように、それらは新品という名の幻想であって、新品だから清潔か、食中毒にならないかというとむつかしい面もあるのだが、少なくともそれらはお客様をもてなすための礼儀としてわきまえておくべきだろう。
 そうやって、店が古くなろうとも常に工夫を怠らず、サービスのグレードを維持し続けるということは物凄い困難だが、そうあってこそ老舗とか名店と呼ばれるようになる。JimmyJazzもそういう店になりたい。


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