もしも自分の一生を録画できたなら

 我が家にはまだ無いのだけれども、大容量のハードディスクレコーダーがビデオデッキに取って代わるのは、もう時間の問題と思われる。実際にハードディスクレコーダーを買った人は、口を揃えて「こんなに便利なものはない」と言うから、きっと凄く便利なんだろう。しかし、便利すぎてどんどんTV番組を録画してしまい、それを観るヒマが無いという声も聞く。どうせ観ないなら録画しなきゃいいものを。
 さて、ここからSF小説のように話が飛躍する。記憶媒体の大容量化はどんどん進んでいるが、一人の人間が生まれてから死ぬまでをビデオカメラで録画して残すなんてことも近い将来可能になるかもしれない。

 オギャーと生まれた時点で、頭の横かなんかに小型カメラを取り付け、無線で映像と音声をサーバーに飛ばして保存する。それからずっと死ぬまで録りっぱなし。睡眠中はオフでもいいかもしれんが。
 そうすると、自分が死んで何十年後かに孫か曾孫かが、じいちゃんの生き様をダイジェストで追体験することも可能になる。場面によって「公開」「非公開」など設定できるようにしておいて都合の悪い場面はカットしておけばいいのだ。(笑)

 わたしもこうやってブログやホームページに文章を残しているが、そら、カメラで録画して保存するほうが断然めんどくさくなくていいわな。

 「懐かしの玩具」とか、「あのとき味わったあの感覚」「取り戻せるものなら、いくら大金を払ってもいい」人間はそういう失われた記憶を追体験することに、非常な喜びを感じるとともに、一生の痕跡を、自分の死後もこの地上に留めておきたいと願う。これは根源的な欲求だ。メディアの記憶容量が飛躍的に増えれば、それはある程度満たされるようになるだろう。
 すべての人間の一生が完全に記録として残される時代が来るかもしれない。


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